1.厄日

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私が中学に上がった年、両親は身の丈に合わない身上を構えた。数千万円ものローンに、しばらくは大人しくしていたけれど、束の間だった。やがてローンの額に慣れた頃、父の昇進が決まった。それで気が大きくなったのか、また更に金遣いが荒くなった。 当然のことながら、現金が足りずにカードローンを使うようになった。そして、当然、月々のカードの支払いが上手く回せずに、更に他で借りて返すようなことを繰り返すようになった。所謂、自転車操業だ。借金で首が回らない状態が慢性化していた。 にもかかわらず、両親は決して慌てなかった。父は大手企業の管理職で、下手に収入があったことで、銀行も安安と貸してくれるのが悪かった。 両親は反省することも無く、ボーナス時期にはまたしても高価な買い物や外食に散財していた。 このまま行けば、我が家の経済が破綻するのではないかと、私は不安を募らせていた。 高校受験の時、私は塾に通いたいとお願いしたけど、家計が苦しいからと断られた。 更に、どうしても公立校に行ってくれと、志望校のレベルを土壇場で下げさせられた。私はダメ元で、先に受かっていた滑り止めの私立に行かせてくれと言ったが、下の弟や妹たちが可哀相だからと両親は私を窘めた。 大学は国公立に入れる頭がなかったから、私大の学費はすんなり出してはくれたが、受験のために塾へは通わせてもらえず、その点で私はとても苦労した。 就職して2年経った頃、夢見ていた自立を果たした。 私の少ない稼ぎさえ、なんだかんだと搾取され、このまま黙っていたら親に食いつぶされるとの危機感さえ感じていたからだ。 弟と妹には、できるだけ早く家を出るようにと助言をして出てきた。
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