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「本部長?」
私は、たまたま近くの壁際に佇みニコニコ笑っていた本部長に話しかけた。
本部長は私の問い掛けに、小さな声で答える。
「ちょっとした労いだよ」
あぁ、やっぱり。本部長らしいな。
本部長のサプライズに、皆笑顔になる。
「いただきまぁす!」
と早速始めた。
室長たち親父連も、ノンアルなのに意外と嬉しそうだし、若手の皆も楽しそうに食べて飲んでいた。
皆の笑顔を見ていたら、私は目頭が熱くなってきてしまった。
それを目ざとく見つけたあや美。
「芽衣子さん、なんだか皆のお母さんみたいですよぉ」
私にオレンジジュースを注いだ紙コップを渡しながらからかうあや美。そういうあや美だって鼻を啜っているじゃない。
私は皆に聞こえないような囁き声で、壁際の隣に並んでいる本部長に尋ねた。
「吉森さん、どうされていますか?あれからフロアーで見かけないのですが」
事後、いろんなタイミングでギタイに目を走らせていたが、吉森さんの姿を一度も確認できなかったのだ。
「うん、吉森君ね。彼は辞めたんだよ」
「え?」
まさかという気がした。
矢崎部長を追い出せたのだから、営業部への復帰だってできたんじゃないの?
「始めからそのつもりだったのだよ、彼は。自分が営業に復帰することが目的ではなかった」
腕を組み伏し目がちに、静かに話す本部長。
「矢崎君とは…危ない橋も渡らせられはしたが、大きな仕事を共に成し遂げてきた仲だ。部下として、上司の不正を箴言する勇気さえあればと後悔があったそうだ。自分だけが無事に元鞘なんてのは許し難かったのだろうな」
吉森さんの気持ちが、彼の正義がなんとなく分かった。きっと、これからも気持ちが晴れることはないのかもしれないのだろうなとも。
私は、どうなのかな。『一件落着』と手打ちというのとは違う気がする。
早川先輩のことが明らかにされて、汚名を雪ぐことはできた。目的達成、なのだ。
ただ、今、吉森さんの決着のつけ方を知った後では、少しばかり心苦しさを感じてしまうのだった。
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