10.深層

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その後、ホテルにチェックインして、先輩と部屋で寛いだ。この後は、夕方からホテル内で飲もうということになった。当然、先輩も車もお泊まり。 「そういえば、仕事は決まったのですか?」 お正月に会った時は、帰郷して直ぐだったこともあって、まだ先の事は決まっていないようだった。 「あ、そうそう。実は決まったのよ。もう、今月から働いてるの。不動産屋の事務よ。健康上の不安もあるからパートなんだけどね」 「本当ですか?良かったですね、決まって。やっぱり仕事はしていたいですよね」 「えぇ、本当にそう。仕事をしていないと、自分の人生の舵取りができていない気がしていたわ」 舵取りか…自分自身の人生を自分の足で立って自分の意思で歩いて行く。そういうことだろう。 荒海で舵が制御できない時もあろうけれど、踏ん張って、好機を待つのだ。決して、諦めて操舵を投げたりしない。辛くてもしっかり前を向いて進んでいく。そしてそれを自分ひとりでやり抜く。他人に舵を任せられるほど、私は他人と近くない。 夕方、ホテル内にある和風居酒屋に落ち着いた。先輩は、ご両親に泊まることを電話し、『今夜は飲むぞぉ』と意気軒高だ。 店内の客入りは5割強。程々の喧騒。居心地が良い。 2人でビールで乾杯して、今回の出来事をおさらいしていた。楽しい酔い心地がやって来た。 すると、私の携帯に着信が。 「あ、誰だろ。すみません」 先輩に断って、席を立ちながら画面を確認すると、四方堂君だった。 一瞬固まる。 「どうしたの?」 先輩は、勘良く、私の気持ちを読み取っていたみたいだった。 「あ、えぇと、四方堂君なんです」 「そう、出たら?会議室の件以来、気まずい?」 私はふるふると頭を振る。そこはもうクリアになっていた。 先輩は、席で話しても構わないとの仕草で私を席に戻した。幸い、周りのテーブルからは離れていた。 私は通話ボタンに触れ、「もしもし」と押し出した。
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