11.予兆

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その日は、珍しく定時で上がった。『お先に失礼します』と言って、室長と次長の疲れて余裕のない顔をスルーするのが気まずいが、今日のところは帰ることにした。 そんなことをあや美とみちると話しながら歩いていくうちに、ご飯でもということになった。 「週の頭にお酒は無しよねぇ」 という事で、和食のご飯屋さんに入った。 お喋りが弾んで、あっという間に2時間が経ち、そろそろ帰ろうということに。私自身はともかく、後輩を引き止めてはという理性が働いて、きっかり2時間で店を出る。 「今週ずっとこんな感じだったら、金曜日は女子会しましょうよぅ」 あや美が甘えた声を出す。 「そうねぇ、たまにはいいかもね。とりあえず、水曜日の会議まで待って」 水曜日は打ち合わせが2件。午前と午後に入っていた。その日にその後の自分の動き方が決まる。 『まだ7時かぁ』 あや美達と別れ、電車に揺られながらなんとなく手持ち無沙汰な感覚を覚えた。 深く考えもしなかった。電車が新宿駅に到着し扉が開くと、咄嗟に体が動いてホームに降り立っていた。 『ちょっとだけ』 四方堂君と2人で待ち合わせによく使っていたbarへと足を運んだ。 女ひとりで飲んだりしたら、ナンパ待ちとか思われたら嫌だなぁと考えながら。 『LR』とドアの横に掲げられた店名は、緑青が浮かんだ銅製。お店も適度に歴史を刻んだ感があるし、大人のエリアだった。 店内に入ってひとりと伝えると、カウンターを勧められた。 「1杯だけ。飲んだらすぐ帰るから」 必要もないのに言い訳。バーテンが口の端で微妙に笑う。 こういう時にはお洒落にマティーニなんぞを注文したいところだけど、私は見てくれにはこだわらない。どうせ女のひとり飲み。 「ビールください」 またしても、バーテンは口元だけで笑った。そういう癖なのかな?
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