11.予兆

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沈んだ気持ちをよっこらしょと運ぶようにして、アバートへと辿り着く。 『あぁあ…こんなことなら、寄り道なんてしなけりゃ良かった』 まっすぐ帰ってきていたら、今夜はいい気分で眠れただろう。 自己嫌悪もあってか、大して酔ってもいないのに、動きが緩慢になっていた。 自分の部屋の前でバッグの中に手を突っ込むが、目当ての鍵の感触に当たらない。『あれ?』 鍵がない。なにかの間に挟まっているのだろうかと、物を一つ一つ確認しながら出して鍵を探した。が、ない…はっ!久々にやってしまった。 「どうしよう…」 スペアキーは2本。1本は部屋に。もう1本はお願いして大家さんに預けた。こんな事もあろうかと。 ただ、以前に2度ほどお世話になっていて、流石に3度目…気が引けた。 玄関前でグズグズ迷っていたが、仕方ないと、大家さん宅へ足を向けた。 ところが、迂闊にも玄関前で長々とグズグズしていたせいかもしれなかった。大家さん宅の玄関灯が消えている。 塀の外からグルリと建物を見てみたけど、雨戸がカッチリ締まっているし、台所やお風呂場らしき窓の灯りもなかった。 つまり、就寝したということ。時刻は9時。あの世代だ、寝ていても不自然ではなかった。その代わり、朝はとっても早そうだ。 私は自分の部屋の前に戻り、コンクリートの床に腰を下ろした。 もう、落ち込んでいても仕方がない。この状況は変えようがなかった。鍵屋さんを呼ぶという手もあるけれど、大家さんが起きる5時か6時まで、頑張ってここで待とうと決めた。 人間は、へこみすぎると捨て鉢になるってことがよく分かる。
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