11.予兆

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『とりあえず、うちに来い』と、相変わらずの強引さで引っ張られて、私はまたしてもアイツの部屋に入ってしまった。 玄関前で座っていたのは1時間程度だったが、すっかり体が冷えきっていて、ヤツが言うには『唇が紫色だった』らしい。 風呂を勧められたが、流石に断り、暖かい飲み物を頼んで、ヒーターの前を占拠することを了承頂いた。 朝になったら、大家さんの所に鍵を取りに行くからと、ヤツには風呂でも食事でも、普段通りにしていてもらいたいと言うと、『そうする』と答えた。 ヤツがいれてくれたココアは、ほろ苦く、『何やってんだか』な、ヤツの心情が込められているように思えてならなかった。 どうやらヤツは、食事は外で済まして来たらしく、湯上りのビールをグラスに注いで飲み出していた。流石に、ビールを飲みたいとも思えず、無言でいるのもなんなんで、口を開くことにした。 「ところで、名前…何ていうの?」 広瀬、とアイツは名乗った。『ヒロセ』と私は復唱した。 『アンタは?』と聞かれたから、『マツウラ』と答えたけど、『ふぅん』とヤツ…広瀬は答えただけだった。 狭い部屋の中で、若い男女が一夜を明かしながら、何もなかった。 広瀬は多くを語らず、ベッドから毛布を剥がし私に投げてよこし、自分はソファーでグゥすか寝息を立てていた。 ベッドに寄りかかってウトウトしつつも、『よく知らない男性の部屋』にいる自覚はあって、時折、ハッと覚醒していた。 この分だと、仕事に差し障るなと思いながら、今日のような雰囲気で仕事が出来るなら大丈夫だとも踏んでいた。 5時になったのを見計らって、窓辺に立ち、大家宅に目を凝らした。 『あ、起きてる』やはり、世代だと感心した。 まだ夜は開けきらぬ暗闇の中、庭の木立の間から、ボンヤリと部屋の灯りが見え隠れしていた。大家さんはとっくに起き出して、雨戸を開け、活動を始めていたらしかった。
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