11.予兆

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定時になり、今日も若手を中心に早々と退社して言った。室長と次長は、定時後からの打ち合わせとのことで、私達は、立ち去り際の上司に済まなそうに『お先に…』と挨拶をした。 銀座はあまり立ち入らないエリア。今夜は南雲さんにお任せするつもりで、待ち合わせである銀座線の改札に立った。 約束の時刻より少し早いが、1分もしないうちに南雲さんは現れた。 「お待たせ。今日は急に悪かったかな?」 「いえ全然」 では、と南雲さんは早速先に立って歩き出した。 「どこへ行くんですか?」 「いいとこ」 クスッと笑ってこのセリフを吐く。はは、南雲氏、健在。 南雲さんに連れられて入ったのは、狭い路地の奥の小さなフレンチ。地下だし、店は前身がbarのような狭い作りだし、私は想像とかけ離れ過ぎて呆気に取られながら着席した。 「まぁいいから、期待して」 余計なことは言わず、南雲さんは出されたおしぼりで手を拭き拭き、なにやらニヤニヤ。直後、注文は簡単に素早く行われた。 「ところで、お仕事の方は順調ですか?」 私は皮肉にならない様に気をつけて言ったが、皮肉な気持ちが伝わったかもしれなかった。 「まぁ順調だよ。手土産のおかげかなぁ」 南雲さんの返しは、皮肉は意に介さず、言いたいことは分かってる的な感じで躱される。やはりこの人に、変化球は要らないと再認識していた。
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