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南雲さんは、まるで駄々っ子を見るような目で私を見つめている。呆気に取られ、少し困惑気味なのだ。
きちんと回答するか、笑ってやり過ごそうかと迷っているのか…。
ややあって、南雲さんは口を開いた。前を見据えて、歩調通りにゆっくりと、でも、ハッキリと。
「…早川はもう手の届かない人だととっくに諦めているよ…もし、なんて有り得ない。彼女はただの思い出。そのことが気になるなら二度と思い出さないと誓う…それから、あの時は気の迷いと思い込ませて自分を試したのさ…子供のことは考えたこともない。だが、子供を持つ持たないは、結婚する者同士が話し合って決めるものだと自分は思っている。もし君ができないと言うのなら、僕は、問題ないと答えるだけだ」
ここで私に顔を向ける。目が合うと、少しの間、見つめ合ったが、その瞳がなにを語っているのか、見当もつかない私だった。
「松浦さんは社内では有名すぎて、今更なぐらい僕は馴染んでいるんだが、それ、自覚ないよね?」
私は目を剥き、首を大きく左右に振った。『有名!?嗚呼…』その理由は聞くまでもない…苦笑いだ。
「好きだよ。君のことは、入社以来いろいろ聞くうち、好ましく思っていた。早川の後輩という点でもね。ただ、今回のことで、ミスうっかりとかそそっかしい子というより、情に厚くてしっかりした女性と感じたし、なにより僕らって上手くいくような気がするんだよね」
嗚呼、それは勘違いですよ、南雲さん。つか、ミスうっかりって?
この後に及んで、私はできるだけ早い時期に、先輩を東京に呼ぶことを決めていた。南雲さんの答えを聞きながら思いついていた。ふたりを引き合わせよう、と。プロポーズ、保留。
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