11.予兆

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打ち合わせが控えていたので、うどんを注文し、ツルツルっと食事を済ませた。 会計の時、店員というより店主の奥さんらしきひとに、日にちと大体の時間帯を告げ、鍵の忘れ物はなかったかと尋ねた。 『忘れ物は2週間預かった後、警察に届けるからあったならまだあるわね』と言いながら、レジの下からお菓子の缶を取り上げて中身を確認する。が、『残念』というひと言と憐れむ視線に出合った。 あとは、LRだ。気が進まないが、今夜中に行こうと思っていた。 室長との待ち合わせは6時45分。駅前からタクシーなのが嬉しい。 赤羽にある業者、室長は神田から山手線で向かうところ。私は東京駅で菓子折りを二つ買って、時間ギリギリでなんとか間に合いそう。 待ち合わせはスムーズ、打ち合わせも至って順調に進み、予定していた時刻通りに終えることができた。初めての訪問という訳でもないし、担当者とも顔見知り程度には打ち解けていたからかも。 室長は、一度社に戻るとのことだったので、駅で別れた。 時刻は8時半。新宿へ向かう。 運良く席にも座れて、『なんか順調だぁ』と気分は浮つく。LRのバーテンとも気持ちよく打ち解けられそうにも感じている始末。 こういうのを有頂天とも言う。夜の新宿の喧騒を歩いていた時、ハタ!と私は立ち止まった。 恐る恐る、自分の両手を見る。そして、そのままその手で頭を抱えた。 『菓子折り二つ、ない…』置き忘れた場所は、すぐさま見当がついた。赤羽の業者だ。 大家さんへと広瀬に買った『御礼兼お詫び』の品だった。 もう取り返せるはずもなく、私は1分前の自分の有頂天ぶりを呪った。 よくよく気をつけていても、人より劣る注意力。自分に腹が立つ。なぜ、気をつけなかった、私! 途端にLRに向かう速度が落ちた。
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