1.厄日

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スーパーは住宅街の外れに立地していて、中流相手、中規模のスーパーだった。高級感も激安感もないが、車も自転車もない私が買い物に使える店はここだけだった。 買い物かごを手に、いつものルートを回り始める。 野菜、果物とお肉、お魚、お豆腐と調味料の補充、ヨーグルト、パン、缶ビールを3本…。このぐらいかな。かごの重さで頃合いをみて、レジに向かう。 『あ、たまご』買い忘れに気がついてUターンした時、ハッとした。あの時と同じ顔が目の前にあった。 「こんばんは」 たった20センチの距離で、その顔が言った。 「!」 私は驚き過ぎて声も出せず、目を剥いたまま後ずさりした。 「ちょっと…なんですか?」 少し強めの語調で、でも、周りを気にして小声で問うと、その人、昨日のバス停の、そしてお惣菜屋の彼がクスッと笑った。なんかムカつく。 「すみません。見かけたので声をかけようとしたところで」 私のタイミングのせいらしかった。 それにしても、なぜこの人とはいつもこんなタイミングで会うのだろうか。 「たまごを取りに戻ろうと…あの、なにか?」 声をかけてなんだというのか、との意志が伝わるような言い方をわざとした。 だが、この人。なんだか笑いを含んだ表情で、私の意向なんて通用しないんじゃないかと思えてきた。 「特に用事があったわけではないんで。ただ、あなたって面白いから、なんとなく」 「面白いって…」 ますますムッとした。だが、私は取り合うまいと思いながら、コイツのペースに飲まれそうになっていくのを肌で感じていた。
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