1.厄日

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コイツは『コイツ』で充分。名乗り合う必要も無いし、これ以上関わるとすごく悪いことになりそうで、遂に私は、生涯誰にも言ったことがない言葉を口にする。 「迷惑なので話しかけないでください」 プイと顔を背けて、たまご売り場に向かって歩き出した。 ソイツはキョトンとした顔で私を見送っていた。 『そもそも、アイツがいるところでとんだ災難に合ったことは紛れもない事実』 昨日の朝の件はギリギリ違うかも知れないけど、お惣菜屋でのことはその通りなのだ。と、嫌な言葉を吐いたことへの言い訳のようなこじつけをした。 私は足早にレジに向かい、アイツが再び現れる前にと焦っていた。袋詰めの時に、たまごに変な音をさせてしまった。もし割れてしまったとしても、今夜食べればいいと、見もせずにそのままにした。 帰りがけ、二度三度と後ろを振り返った。もしストーカーされたりしたら、との怖さもあった。 アパートに帰りつき、レジ袋の中を確認すると、驚いたことにたまごの中身が空っぽだった。要するに、殻だけになっているのが4個も。 レジ袋の内側には、黄色い卵液がこびりついていた。 「なにこれ」 たまごパックは斜めになっていた。私はどういう訳か、レジ袋に穴を開けてしまったらしく、そこから割れたたまごの中身が外に漏れていたらしかった。 慌てて乱雑にたまごのパックを突っ込んだから、パックの角で袋を裂いてしまったんだ…。 私は急に気がついて、アパートの外に飛び出した。幸い、玄関の内側にも外にもその痕跡はなく、来た道を少し戻ることにした。 すると、通りに黄色いペンキのような点を見つける。そこに立ってその先に目を凝らすと、点が所々線になり、スーパーの方向へと続いて見えた。『まるでヘンゼルとグレーテルじゃん…』 白身の透明なキラキラが、街灯の灯りでそれだと分かるのが哀しかった。 『どうしよう…』 アパートのじき側に佇んで、私は善後策を見出せずに悩んでいた。 やはり、拭き取るぐらいはした方がいいよね、と自分に問う。 多分、その方がいいだろう。 『でも』と、私はいくらか前が開けたような感覚でアパートに戻った。
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