49人が本棚に入れています
本棚に追加
/310ページ
「…芽衣子、怒るなよ。俺、お前と会えなくなって初めて気がついたんだ。俺にはお前が必要なんだ」
気が遠くなりそうだった。そんなこと、本当に言わないで欲しかったよ。勝手に一人で悩んでいたらよかったのに。
「私がどんな気持ちで四方堂君を諦めたか…なんて言うつもり無かったけど、お返しだよ。四方堂君がしょうもないこと言うから」
「ごめん…」
赤ちゃんが産まれるのだ。現状を変えることは無理だと、二人共分かっている。分かり過ぎるぐらい分かっているのだ。
「なぁ芽衣子。勝手だけど…前みたいな関係に…いや、前よりもずっと気持ちの通ったつき合いに今度はなれると思うんだ。どうかな?」
四方堂君は、私に不倫しろと言っている。気持ちがあるにせよ、それは極めて心無い発言だということを本人は自覚さえないのだろう。
不倫しようなんて、私への責任も取らずに自分の満足だけを考えた、男の自己満以外の何物でもない。
私は言葉を選んで、一気に言い渡す。
「不倫は嫌。離婚するのもダメ。私が近くにいるからダメなんだ。私が会社を辞めるから家庭を大事にして欲しい。それが、私が四方堂君に望む全てよ」
びっくりする四方堂君を残し、私は店を出た。支払いは分からなかったから、とりあえずビールの分の千円札を置いていった。
四方堂君は追いかけてこなかった。
今頃、私の言葉を反芻しているに違いない。
退職なんて考えていた訳ではなかったのに、言葉にした途端、その漠然とした思いに縋りたい気分になっていた。
四方堂君のためにも自分のためにも、新たな居場所が必要なのかもしれないと。
最初のコメントを投稿しよう!