1.厄日

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「うん。なら、明日の忘年会終わりにどこかで合流しよう」 飲んで盛り上がったら、約束は反故になるかもしれなかった。でも、それはそれで、私の方は構わなかった。 「ありがとう…じゃ、明日な」 そう言って、四方堂君は爽やかに通話を切った。(爽やかって…) 四方堂君のことは吹っ切ったつもりでいたけど、思いはまだ引きずっているのかも。 そりゃ、簡単に終わらせられるほど、お気楽につきあっていたんじゃない。 辛い恋だったんだ。 好きと言えず、乾いたふうを装って、縋って泣きつきたい感情の高まりさえも、最後まで抑え切った。 四方堂君に対して怒ることは、もしかしたら彼にとっては理不尽なことなのかもしれない。 約束なんてない。勝手に好きになったのは私なのだから。 セフレにと言われて、その立場を利用していた。気持ちを伝えることは、しようと思えばできないことではなかった。でも、伝えたら関係を失いそうで怖かった。私だっていい思いもしてきた…。 月に一度か二度。8年もの長きにわたり、騙すように関係を続けていたのは、むしろ私の方だった。 四方堂君が私の気持ちに気づいていたかどうかは定かではない。気づいていたとしても、確認するほど野暮な奴ではないわけで。 多少でも、情のようなものが働いて気づかぬふりをしてくれていたのだと、結局はそう落とし所を見つけていた。 『気持ちも恨み言も言うまい』これからも同僚としてやっていくのだから、これが多分正答なのだと思う。 翌日、起きた時には快晴だった。 私は少し早めを習慣にすることにして、今朝も以前より30分早く起きた。 支度をしてアパートを出ると、真っ先にスーパーへの道に目を凝らす。 『ない…良かった』 濡れた舗道にはなんの痕跡も見つけられない。たまごの跡は綺麗さっぱり雨に洗い流されていた。 スーパーで会ったアイツがストーカーになったら…と、昨日は後ろが気になっていた癖に、案内するかのような代物を残してしまったとの、ほとんど妄想とも言える不安があった。
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