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「今朝まで来客があったみたいだね」
「そんなことまでよくご存じで」
「まぁまぁ…それよりさ」
広瀬は小さな卓袱台のようなテーブルに寄りかかり、私の目を挑むように見つめてくる。私はそれを躱した。
お湯を沸かし、ゆっくりお茶を入れて広瀬の前に出す。お茶を飲む時の広瀬は礼儀正しいことをこの短期間に何度も目にして学習していたのだ。
広瀬は正座をして、お茶を味わっていた。
「なぁ…この前俺が言った言葉、覚えてる?」
来た。まずこれを言われると思っていた。
「もちろん。あ、その時はごめんなさい。驚きすぎて何も言わずに立ち去ったりして…」
広瀬は、だよねと呟く。バツが悪そうだ。私の拒否行動だと思ったのかな。
「直後はへこんだけど、ただ驚かせたんだと思うことにしてた」
「そう」
『それで?』とは、心の声。気持ちは先走る。
「…あのさ、大変な関心とは、私がどのように受け取るのがベストなのかな。教えてよ。じゃなきゃ、茶飲み友達の付き合いぐらいならOKよ」
広瀬は私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「茶飲み友達もいいけど」
『え、いいの?』ガクッ。
「一緒に渡米してくれない?」
完全に固まった。『トベイ』とは何ぞや。私の知っている単語なら、『渡米』だ。アメリカに行くこと。
私は惚けて、お茶を口元に運んでは下ろしを繰り返していた。
「…渡米?アメリカ旅行じゃなくて渡米と言ったね」
「そう、アメリカに渡ってしばらく滞在すること」
「なぜ、なにゆえ、私にそんなことを」
広瀬は脚を崩して胡座をかいた。頭をポリポリやっている。
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