1.厄日

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「明日の朝礼、絶対遅れるなよ」 昨夜の別れ際、四方堂君はそう言った。 『なんで?』私はバッグを手に取り、脱ぎ散らかったパンプスを片足ずつ引き寄せて履くのに夢中になっていたところだった。 新宿のシティホテルの一室で1時間過ごしたあとだった。 「いや…ちょっと…報告事項。プライベートの、ね」 「は?」 四方堂君はそれ以上の説明をしなかった。私は疑問を抱きながらも、サラリとそれを流してしまった。四方堂君の前だといつもそんな感じに自分を抑えてしまう。 だけど、もしかしたら…との思いはあった。そういう夢を抱くことは久しくなかったことだけど。 だからつい、私は想像を膨らませ、日常の様々な注意事項を怠るほど夢に浸ってしまったのだ。 四方堂君とは同期で同じ部署。入社間もない頃から、私たちは何かと一緒に過ごすことが多かった。 ある時、私たちはどちらともなく相交じった。四方堂君はその時こう言った。 「俺達、相性いいね。これからもたまにはこういうの有りじゃない?」 まるでセフレにと言われたようで、私は傷ついた。でも、四方堂君のことが好きだったから、調子を合わせるしかなかったのだ。 以来、私たちのデートは、デートと言えるかどうかは別として、仕事終わりに居酒屋かバーで軽く飲んで、近場のラブホテルでヤルだけ。それも1回ヤッてすぐ帰るのだ。甘さなんて1ミリグラムもなかった。 だから、私は自分の気持ちをひた隠してきたのだ。 その彼が、昨夜、プライベートの報告に必ず立ち会うように念を押した形だったのだ。 昨夜から私は、私自身の幸せの瞬間に立会い、皆から祝福されたいと願い、その瞬間にどう振る舞うかとの夢想の中にいたのだった。
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