2.終わりと始まり

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どんなにしっかり支えても、必ずどちらかに傾くし、上手くいったと思った瞬間に手が震えてズレさせてしまう。ビビッてカスレを気にするあまり印鑑にかける力が強すぎて、三文判はすぐ欠けさせてしまった。 四方堂君がそんな事を指摘したわけはすぐに分かった。この封筒の割り印は、とてもきれいで非の打ちどころがないほど、真っ直ぐ美しく押されていたのだ。 それで、私の隠れていた記憶が出てきた。 「そういえば、ちょっと、左に傾げてしまったんだっけ」 それを聞いて、二人は気色ばんだ。やはり、細工されていたのだ、と。 社内封筒自体は、オフィスの備品置き場にあって、いつでも誰でも自由に手に入れられるもの。 だから、私が使った封筒は捨ててしまって、新たな封筒にお金を入れ替え、封をして割り印をしたのだと、犯行(!)の手順は凡そ分かってきた。 印鑑はたまたまバッグの中で見つけたから押したけど、見つからなくても構わなかったのかもしれない。あや美に封筒が渡る前にお金を抜くだけで、充分私は困ることになるのだ。 でも、あの宴会の最中に見とがめられる危険を犯して、こんな手の込んだことをやろうとするだろうか。 「…バッグの中にこれがあるのを知っていて、誰かがバッグごとどこかに持ち出したんだ」 あや美が確信を持った言い方をした。 「それしかないな」 四方堂君も同意した。私もそう思う。 更に言えば、咄嗟の思いつきなんかではなく、予め私の行動を監視していなければ、お金の在り処は分からない。そしてその監視は、出掛ける前に私が封筒を持ち出すところまで及ぶ…。 「ずっと芽衣子さんを監視していた」 とあや美。うん、と私と四方堂君が頷いた。 「あのタイミングで始まらなければ、直ぐにあや美に渡していたもの」 本部長の乾杯の音頭が始まりそうで、私は慌てて席についたのだった。とりあえず、バッグの中の会費は、そのまましまっておくしかなかった。私の一連の動きは、その場の誰からだって丸見えだった。 どうやら、うっすらと背中に寒さを感じていたのは私だけではなさそうだった。
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