1.厄日

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皆の祝福の言葉と笑顔と盛大な拍手、冷やかしの口笛や声音が、四方堂君に降り注ぐ。 私は笑顔なんて作れなかった。辛うじて拍手はしたものの、およそ心のこもらないものだった。 『なんで…なんでなの…?』 四方堂君は、私の知らない人との婚約を発表した。 溢れそうな涙を必死に堪えたけれど、どうにも限界で、私は誰の目にも留まることなくミーティングルームを後にした。 そのまま各部署のオフィスを突っ切り、エレベーターホールにある女子トイレに駆け込んだ。 個室に入り込み、一気に涙を押し流す。涙は堰を切ったかのように止めどもなく…ハンカチを目元に当て、涙が頬を濡らさぬように気をつけた。 数分後、静かに、涙を全部出し終えたところで、私は簡単にメークを直し、戻ることにした。頭はボォっとしていて、少しばかり痛んだ。 『まるで満身創痍だ』 朝礼の途中で抜けたことにほとんどの人は気がつかなかったと思う。なんせあの盛り上がりだもの。 オフィスでは、室長以下、同僚達は既に自席に戻っていて、忙しく業務を始めていた。 あや美が、席に着いた私に頭を近づけ、何やら告げていたけれど、私は何も耳に入らず、無心でルーティンワークに取り組んでいた。 『四方堂君…』つい、考え込みそうになりながら、なんとか堪え、午後一の会議案件の再チェックに余念がなかった。
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