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暗闇をさ迷うだけのぼくの元に、真っ黒なジャケットを着た男が現れた。寝室のドアを律儀にノックして「失礼します」と挨拶もつけて。
「お休みのところ、申し訳ございません。ふむ、しっかりと熟睡されていますね」
返す言葉もなければ、ぼくの口は返事をする事ももう二度とない。
それを知ってる男はぼくの返事など期待するはずもなく、セミダブルのベッドをぐるりと回った。
「……さあ、もう眠るのにも飽きた頃でしょう。そろそろ夢から覚めましょう」
男は何を言っている?
隣で眠る彼女を腰を三十度程曲げて微笑みかけながら、彼女の眠りを終わらせようとしている。
やめてくれ、彼女の眠りはぼくのものだ。
「甘美な夢の世界は本当に、幸せでしたか? 確かに、朝なんて来なければと思う事は僕もあります。ずっと眠っていられたら……と」
彼女へ語りかける言葉は、彼女を通してぼくへも語りかけてくる。
「でも、幸せな眠りとは起きている時間があってのものです。起きている、生きているからこそ、眠りは美しい」
……ああ、ぼくの眠り姫。
君の美しい眠りは、夢の世界だけでは物足りないのかい?
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