6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「では、戦争が起きるまでに帰ってきますよ。年老いた老婆か美人な魔女を連れてね」
俺は恐怖を軽く払拭すると、いつもの調子を保つことにした。
それしかできなかった。
翌朝に俺は平民に変装して徒歩で城を抜け出した。
弱い陽光で静かな城が落ち込んでいるように見えた。
戦争の前に騎士団長がいなくなっては、その国は滅びたも同然だが。俺にはそれよりも大切なものが出来たんだ。
国よりも大切なものは、何か? その答えは今の俺にはさっぱり解らなかったが。俺は城を後にした。
城下町はいつもより静かだった。
客引きもしない露店に、噴水のある広場を人々が生気のない顔で座り込んでいた。往来を行き来する馬車も心なしか項垂れて静かに通り過ぎ去っていった。
今頃は副団長のサルバンが真っ青だろう。でも、戦争の準備で忙しいはずだ。
こっそりと城下町から裏門を抜ける。
ここから歩いて森の中までは、誰にも話さないことにしていたが、一人の吟遊詩人を見つけた。俺はほんの気紛れで一曲お願いすると、吟遊詩人は場違いなほど陽気に歌いだした。
「この国は滅びる~。けれども、新しく生まれ変わる~。大勢の死は誰かの心に残り。大勢の生きる糧にもなる。死とはそういうもの~。また、生きることもそういうもの~。違いは遠くへいくか~、近くへくるか~」
俺は大笑いして吟遊詩人にお礼を言って、森を目指した。
燻んだ空の下。
森へ続く大橋を荷物持ちの人々や傭兵の人など沈みがちな顔が通り過ぎる。
俺には寂しいということも、よく解らず。
森の中へ入ってみても、やはり何も感じなかった。
道中。
森で鹿狩りをしたり、川で体を洗ったりして、4日後にやっとそれらしい場所を見つけた。
もう国が滅びているかも知れないが、俺には姫との約束がある。
いつの間にか、姫との約束が国よりも大事になっていた。
質素な天幕が幾つかある森を開けた広場だった。
中央にたき火があるので、そこへと向かい辺りを見回すと、一人の老婆が天幕から現れた。
「なんじゃ、持って来たのは首飾りか?」
俺の顔を見て首飾りのことを言うのだから、この年老いた女が有名な魔女の一人なのだろう。
「婆さん。森の魔女だろ? 一緒に来てくれないか。国が滅びるんだ」
年老いた魔女は首を振り、
「国はやがて滅びるものだ」
「なんとかしてくれないか」
最初のコメントを投稿しよう!