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彼はいつもわたしのことをかじる。
どうしてかじるのかと聞くと、
「げっ歯類だから」
やわらかに言う。
声がやわらかなのではなくて、声を伝える空気の振動がまるで、わたしと彼の皮膚の感覚を同期するかのようにやわらかくわたしを包み、ほぐしてくれる。
ひどく温かい。
「げっ歯類ってなに」
彼の手のひらをなぞって聞いてみると、
「歯がかゆくてたまらない」
またかじる。
左の耳の下、首すじ。
「かゆいなら、神経、抜いたら」
わたしは総毛立つような感覚にあらがうことができず、吐息といっしょに途切れ途切れに言った。
「いやだよ、恐ろしい」
彼はわたしをむさぼるようにかじった。
言葉を交わしている間だけ、彼はかじるのをやめてくれる。
「わたしが削れ切ってなくなっちゃうのは恐ろしくないの」
たずねると、彼はかじるのをやめた。
「ぼくのせいで、やせた?」
全然関係ないことを聞く。
「やせてない」
わたしがぶっきらぼうに言うと、彼は首をかしげた。
やせるのと削れるのとはちょっと違う。
やせるのは気体の収縮のようで、削れるのは消耗品費の削減のよう。
一定のかたまりが不定期に減らされてゆく。
最近は殊に普通でない削られ方をしているから、編集部のひとにどこか悪いのかと聞かれる。
「聞かれて、なんて答えるの」
「やせただけですって」
「やっぱりやせてるんじゃない」
「言葉のあや」
「夏帆の言葉のあや」
彼がわたしの名前を呼んだ。
夏帆はおいしいんだと、初めてわたしを削った晩に彼は言った。
おいしいから削るのだと、それから先は言ってくれなくなってしまった。
「あやってかわいいね」
わたしは薄暗い照明に両手をかざして伸びをした。
夏帆っておいしいねという返事を期待した。
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