第1章

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彼岸を渡る 0  ドサリと床に倒れた。脈がない事を確認すると、手に持っていた花瓶を床に放り捨てる。中の水と彼岸花が散らばった。慎重に床に膝を付き、死体の上着を探る。スマホを取り出し、中を調べた。  流行のチャットアプリ、その最新の履歴。私とのやり取りが記録してある。それを削除した。後で私の携帯も処分しておかないと。スマホを元の場所に戻し、部屋を見回す。ファイル棚が目に入った。患者のカルテが収められている。  効果があるかは疑問だったが、やってもいいかもしれない。棚を開けると、最初に支倉時子という名前が目に飛び込んできた。カルテの内容に強く興味を引かれたが、今は時間がない。私はその横にある二冊を引っ張りだし、ナップサックにしまった。  部屋を後にする。非常階段に続く鉄扉を押し開けた。空は夕陽も沈み、夜のとばりが落ちていた。遠くで吠え声が聞こえた。最初は犬かと思ったが、もっと大きな動物の声に思える。  獣の咆哮。それが自分の内から発せられたものだという事に、後で気付いた。   第一章 旋風 1  スニーカー越しに伝わる湿った土の感触を味わいながら、俺はひたすら傾斜する山道を歩いた。と言ってもそれほど険しい傾斜ではない。さらに言うなら山道というほど立派な道でもない。精々傾斜した雑木林といったぐらいか。  しかし雑木林とは言え、深夜に街灯もない坂道を登るのは流石に度胸が必要だった。しかも墓地にほど近いと来れば尚更だ。足元にはちらほらとリコリスが咲いている。墓地でよく見かける花だ。彼岸花、曼珠沙華、無数の細長く赤い花弁が、広がる血のようにも見える。あまり気持ちのいい花ではない。特にこういう時分には。  スマホのライトを頼りに俺は傾斜を歩き続けた。そろそろ目的地付近のはずなんだが。そう思い周囲を見回した時、遠く、数十メートル先に人影が見えた。赤いフードを被ったロングスカートの人影。 「……マジかよ」  俺はつい口に出していた。来ているジャケットのポケットからインスタントカメラを取り出す。しかし自分で思っていた以上に慌てていたらしく、カメラのレンズを覗く頃にはフードの影は消えていた。追うべきか、追わざるべきか。  数十秒の葛藤の末、俺はフードの影がいた場所に向かって歩き始めた。しかしやはり人影は見えない。いや、待て、あれは。
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