第1章

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 彼岸花の咲く山道を進みながら、彼女の事を考えていた。そういえばなんで、彼岸花なんか持っていたのだろう。あの手鎌は花を摘むために違いないが。というか、他の用途はちょっと考えたくなかった。  足元の彼岸花を眺めながら歩いていると、思いのほかすぐにあの小屋が見つかった。やはり昨日よりも小さく見える。不思議なものだ。小屋に近づき、様子を伺う。人の気配を感じる、ような感じないような。特殊な訓練を受けているわけじゃないので分かるはずもない。  ノックした。扉代わりの板を三回叩く。三回で良かったよな? マナーなんて詳しくない。返事はなかった。再びノックする。いないのだろうか。ガラスの無い窓から中を覗いてみた。俺は驚いて声を上げそうになった。人がうつ伏せに倒れている。赤い上着に黒いスカート。昨日のあの子だ。 「おい! 大丈夫か!?」  返事はなかった。再び声をかけるがピクリとも反応しない。俺は板をどかして小屋の中に飛び込んだ。急いで助け起こす。 「どうした!? なんかあったのか!?」  すると彼女は目を閉じたまま、うめき声を上げた。良かった、生きている。彼女が左手に握っている小さな筒が一瞬目に入った。いや、そんな事より。俺は携帯を取り出した。 「救急車呼ぶから待ってろ!」  救急車を呼ぶため、スマホを操作しようとした時、彼女がうめくように呟いた。 「……してやった……」 「え? 何だって?」  俺が手を止め、聞き返すと、彼女が再びうめき、呟く。 「……殺して……やった」  俺はその場に凍りつき、一瞬の間、動けなかった。その言葉のせいでもあるが、同時に床に手鎌が突き刺さっている事に気が付いたからだ。昨日は暗くて分からなかったが、この小屋の床や壁には刃物で付けられたらしい、深い切り傷が無数に点在していた。  心の中に二つの考えが浮かんできた。このまま、救急車を呼び、病院の人達に任せる。一般市民として最も正しい行為。ただこの子はそれを望んでないだろう。だが、俺は厄介ごとに巻き込まれないで済む。  もうひとつの考え、それは。  俺は携帯をしまうと、彼女を助け起こし、肩に担いで、立ち上がった。ここから王国荘まではそう遠くはないが、まったく人目がないわけでもない。うまい言い訳を考えないと。俺は扉代わりの板を踏みつけ、彼女を負ぶるように、彼岸花の咲く道を下っていった。 2
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