第1章

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 黒い水と透明な水が入り乱れる川を見ていた。水かさは膝よりも低く、砂利の川底が見える。透明と黒がまるで、水と油のように交わることなく流れている。川を渡る人間が見えた。赤いフード付きのジャケットに黒いスカートの女。手には小さな鎌を持っている。  それが自分だと思い出すまで少しかかった。夢に出てくるような、俯瞰で見える自分の姿。それが自分だと認識した瞬間、目線は川の中に立っている自分と同じになった。手に持っている鎌を見る。感触はなかった。  振り返ると、紺色の原っぱが見えた。空は薄暗い。点々と赤い花が咲いている。リコリスだ。彼岸花、曼珠沙華、死を匂わすからか、日本ではあまりいい意味に取られない花だった。  今度は前方に視線を向ける。同じような原っぱ、似た景色。しかし二つ、違うものが見えた。ひとつは空。地平線の向こうに赤い夕陽が見える。しかしその夕陽は光を発しておらず、空は暗い。太陽は赤いだけの玉に見える。そして、その夕陽を背後に、黒い巨大な物体が原っぱの真ん中に鎮座していた。  黒い獣。四枚の翼を広げ、のっそりと立ち上がった。黒い体毛の竜。長い尾で地面を薙ぐと、彼岸花の花びらが宙に散った。狼のような牙を剥いて、赤い瞳を爛々と輝かせる。ファンタジーでしか見ないような幻想的な生物。私はそれを見て、ここに来た理由を思い出した。  私は、こいつを殺しに来たんだ。  ふと、右手を見る。持っていたはずの手鎌が消えていた。代わりに巨大な大鎌が握られていた。黒い柄に、銀色の刃。二メートル近い大きさだ。しかしそれでも感触も重さも感じなかった。大鎌を手に、私は川の中を歩いた。二つの岸とひとつの川。私は黒と透明の川を渡り、獣がいる原っぱに上がった。水に浸かっていたのに、靴も服も濡れていない。  獣が唸り声を上げる。私は両手で大鎌を握った。獣が大地を蹴り、私目掛けて駆け出す。彼岸花の花びらが散って舞う。私は大鎌を振り上げた。 「食ったのか?」  目を開けた。見えたのは剥き出しの裸電球。水色のタオルケットが体にかけられていた。 「シュークリーム一個でガタガタ言わないでよ」
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