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扉を開けると、腫れぼったい目に紅潮した顔、厚着嫌いなはずなのに団子みたいに厚着したあいつがいた。
「ゲホゲホ……ごめん、会社帰りなんだけどさ、無理して出勤したら風邪酷くなっちゃって。公園でとうとう動けなくなっちゃったんだけど、そういや沙紀の家近くだったなーって。良かったら、泊めてくんない?」
いかにもしんどそうに私が開けた扉にもたれるこの男は、私の元カレである。
「嫌だよー。なんの罰で元カレをハロウィンに泊めなきゃいけないのさ。悪いけど、ほら出ていった出ていった」
これから近所の子供がお菓子をもらいに来る。念願のオーブンのある家で、たっぷり焼き上げたクッキーやら、子供たちが座るかもしれない椅子やらに風邪菌つけられたらたまらない。
「……そうか。そうだよな……。悪かった、じゃあ俺帰るわ…………!」
言ったそばから声もだせないほどの咳込み。もたれた扉をなぞるようにしゃがみこみ、苦しげに胸を掴む。
「……だ、大丈夫?」
思わず手を差し伸べてた。
そう、こいつはいつも身体が弱くて、いつも学校を休んでたんだっけ。
幼なじみから発展した恋が終わりを告げたのは、彼がハロウィンになにもしてくれなかったのに私が癇癪を起こしたから。
不意に彼が凍ったように動きを止める。
口を覆った手の平から、モノクロになったなにかが滲みでていた。
「……こ、航平?」
「どうしよ、血吐いちゃった」
私はもう頭が真っ白になって、ぐったりとした彼を担いでベッドに寝かせた。
そんなこんなでリスタートした私たちの恋は、今病室で進行中である。
抗生物質の投与で弱る彼に、ちょっと嫌み。
「なんでハロウィンに血ぃ吐いて恋のリスタートなのさ」
すると彼はこう嘯いた。
「沙紀がハロウィンにイベントないからってごねたからせっかく行ってやったのに、お菓子出してくれないからイタズラしたんだよ」
何をバカなことを言っているのだろう、こいつは。
あの日オジャンになったクッキーを摘まんで、彼は私に口を開け、と動作で促す。
「ほら、トリック・オア・トリート☆」
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