告白

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「好きです」  なんていわれて、嫌な気持ちになるヤツなんてあんまりいないだろう。  まあ、友達についてきてもらってウジウジするヤツ・・・・そういうのは論外として。  まっすぐと眼を見つめて、はっきりとした口調でいってくるヤツ。  そういう意志の強いヤツは好きだ。  顔はゆでダコみたいに真っ赤にさせて、唇なんかも緊張で震えてるくせに、それでも絶対眼を逸らさないヤツ。  一途さが伝わってきて、最高。  まあ、それはそれとして。  いまは首を縦に振るわけにはいかない。  自分にはいま、惚れに惚れぬいたヤツがいる。  たとえ、眼の前の女が自分の好みだとしても、だ。  そいつには適わない。 「悪いけど、ごめん」  はっきりというと、眼の前の女はきゅっと唇を噛んだ。  眼も微かに潤んでいる。  よく見れば、顔も結構かわいい。  たぶんアイツの存在がなければ、つきあってただろうな。 「理由、訊いてもいいですか・・・・?」 「あー・・・・俺、好きなヤツいるんだ」  そう、いままでで最高に惚れた相手。  冗談みたいに告白したけど、あれは自分ではかなり本気だった。  そして、冗談みたいに告白を返された。  すごくうれしくて、天にも昇りそうな気持ちだった。  まあ、そんなことをいったら「なにいってるんですか?」と、冷たく返されるだろうから、絶対にいわないけど。  それでも相思相愛なのだ。  まだそれらしいことはなにひとつしていないけど、それでも属にいう「おつきあい」というものをしているつもりだ。  なのに・・・・。 「でもまだつきあってはいないんですよね?」 「え?」 「春日くん、いってました。有沢先輩はつきあっている相手はいないって・・・・」 「は・・・・?」  一瞬なにをいわれたのか理解できなくて、おもわずそのまま固まった。  口をぽかんと開けたまま動かなくなった自分を見て、眼の前の女は首を傾げている。  しかしそんな顔を見ることなく、走り出した。  後ろから自分を呼ぶ声が訊こえる。  けど、そんなもの構ってるヒマなんてない。  中庭をすり抜けて、昼休みで生徒たちが行き交う廊下を全速力で駆け抜ける。  息を切らして、1年B組と書かれた教室のドアを勢いよく開けた。 「春日!」  女のコたちの「きゃあ」とか「わあ」とかいう悲鳴は完全無視。  丁度教室の真ん中あたりで友人と談笑していた春日は、その声にゆっくりと顔を上げて、そして少し眉を寄せた。 「ちょっとこい」  拒絶を許さない命令口調でいうと、春日は小さく息を吐きながら友人と言葉を交わして、ゆっくりとした動作で近づいてきた。 「なんですか・・・・」  迷惑そうに眉を寄せる春日の腕を力任せに引っ張り、そのまま廊下を早足で通り抜ける。  驚いた春日の口から非難の言葉が浴びせられるが、そんなもの当然無視。  やがて諦めたのか、春日は抵抗もせず、その口からは呆れたようなため息が微かに訊こえた。  着いた先は屋上で。  ここは普段は立ち入り禁止の場所なので、当然自分たち以外誰もいない。  掴んでいた腕を離すと、春日はその腕を擦りながら、大きなため息を吐いた。 「なんなんですか、急に・・・・」  呆れ顔で呟く春日を尻目に、冷たいコンクリートにどかりと腰を下ろす。  顎をしゃくると、渋々ながら春日もゆっくりと腰を下ろした。 「有沢先輩」 「あ?」 「あ?じゃないですよ。なにそんな恐い顔してるんですか」 「・・・・」  よほど険しい顔をしているのだろう。  自覚はある。  いま通ってきた廊下でも、前を歩いていた生徒たちは自分の顔を見るなり驚いて道を譲ってくれた。  よほど切羽詰っていた証拠だ。 「・・・・春日」 「はい?」 「いま女に告白された」 「はあ・・・・」 「おまえのクラスのヤツ」 「え?・・・・ああ」  思い当たる節があるのか、春日は頷きながら髪をかきあげた。 「田川さんですね。かわいいコだったでしょう?」 「そんなことはどうでもいい」  本当にそんなことはどうでもいい。  重要なのはそこじゃない。  小さくため息をつくと、春日はわけがわからないかのように首を傾げた。 「おまえ、あのコになにいった?」 「なにって、なにがですか?」 「だから、なにかいっただろ?」  意味が通じてないのか、春日はますます首を傾げる。  どうやらわざと誤魔化しているわけではないらしい。 「じゃあいい方を変える。あのコになにを訊かれた?」 「は?」 「俺のこと、なんか訊かれただろ?」  そう訊くと、春日は少し考える仕草をとって、思い出したかのように、ああ、と小さく呟いた。 「有沢先輩ってつきあってるコいるのかな、って訊かれました」 「・・・・それで?」 「え?」 「おまえはなんて答えた?」 「いないんじゃない?って」  あっけらかんとした返答に、堪らずがくりと項垂れた。  それを春日は不思議そうな顔で見ている。  恨めしげに視線を上げると、春日は微かに眉を寄せて首を傾げた。  なぜ自分がこうも落ち込んでいるのかまったくわかっていないらしい。  天然なのか、なんなのか・・・・。 「・・・・なあ」 「はい」 「俺、いったよな?」 「なにをです?」 「おまえのこと好きだって・・・・」 「いいましたね」 「おまえも、いったよな?」 「え?」 「俺のこと・・・・好きだって・・・・」 「いいましたよ」  だったらなぜそうなる?  普通両想いだってわかったら、そういう関係になるものだろう?  それともなにか?  すべては自分の勘違いだったとでもいうのか?  好きだというのは、そういう意味じゃなかったとか?  ・・・・ありえる。  充分ありえることかもしれない。  もしかして自分の決死の告白も、ただのその場のノリだと思われていたりして。  春日も本当はその雰囲気にあわせただけとか。  おいおい嘘だろ。  嘘だと・・・・思いたい。  でも、もしそうだとしたら。  浮かれていた自分は、相当アホすぎる・・・・。 「あー・・・・もう、いいや」  大きく息を吐いて、鈍い動作で腰を上げた。  結局のところ、自分の気持ちはちっとも春日には伝わっていなかったのだろう。  冗談っぽく返された告白は、本当に冗談だったのだろう。  それならなにをいっても無駄だ。  春日の中ではなにもはじまってはいないのだから。  とりあえず、引っ張ってきて悪かった、と小さく呟いて、春日に背を向けて歩き出した。  ここは出直したほうがよさそうだ。 「先輩」  後ろからかけられた声に振り返ると、少し呆れ顔の春日と眼があった。 「俺と先輩ってまだつきあってないでしょう?」  その言葉に、おもわず口をぽかんと開けて固まった。  予想だにしなかった言葉に、文字通り本当に、固まった。  そんな自分を冷静に眺めている春日は、やっぱり呆れた顔で眉を寄せた。 「俺、つきあってくれとはいわれてません」 「・・・・は?」 「先輩は好きだとはいったけど、つきあおうとはいってないでしょう?」 「・・・・」  たしかに。  自分は春日に対して好きだといっただけだ。  つきあう云々については、一切口にしていない。  成りゆきに任せるというのは、少し調子よすぎたのだろうか。  いやいや、それより。  春日がこんなことをいい出すって事は・・・・。 「・・・・おまえ、本当に俺のこと好きなの?」  伺うように絞りだした声は、自分のだとは思えないくらい自信無さ気な声で。  それを訊いた春日はというと、なにいってるんですか、とばかりに心底呆れた顔でため息を吐いた。 「前にいったでしょうが」 「・・・・」  当たり前のように吐き出されたセリフに、全身の力が抜けてその場にしゃがみこんだ。  自分は春日が好きで。  春日は自分が好きで。  それでもいまの関係は、ただの先輩と後輩。 「・・・・おまえってカタチに拘るタイプ?」  視線を上げて、そう問うと、 「何事もはじめが肝心ですから」  と、苦笑混じりの答えが返ってきた。  そうきたか・・・・。  それなら、あとはいうことはひとつ。  立ち上がって、もう一度春日の眼の前に腰を下ろす。  春日はいつもと変わらないポーカーフェイスで、自分の様子を眺めている。  ひとつ、大きく深呼吸をした。  ゆっくりと顔を上げ、春日の眼を捕える。  そう、理想の告白は、前を見て、じっと相手の眼を逸らさず、はっきりとした口調で・・・・。 「春日」  はい、と春日は普段と変わらない口調で返事をする。  おもわず息を呑んだ。  いまはじめてわかった。  告白する側の気持ち。  自慢じゃないが、自分はいままで自分から告白したことはない。  後にも先にも春日だけだ。  しかも同じ相手に二度も告白することになるとは、かなり貴重な体験だ。  眼を逸らさないというのが、どんなに耐え難いものかが、いまはじめてわかった。  これで相手が少しでも照れてくれれば少しはやりやすいだろうに・・・・。  しかし残念ながら春日相手にそれは望めない。  当の春日は、さっさといえとばかりに、顎までしゃくってくる。  まったくもって厄介な相手だ。 「・・・・」 「・・・・」  やっぱり駄目だ。  限界。  眼を見て告白というのがこんなに難しいとは思わなかった。  さっき自分に告白してくれたコはすごいと思う。  マジで尊敬だ。  自分にあっているのは勢いだろう。  眼を見て、頬を赤くしてだなんて、気持ち悪いにもほどがある、と思う。  ここは勢いしかない。  ガバッと頭を深々と下げて、固く眼を瞑った。 「俺と、つきあってください」  勢いに任せて、やっとの思いで口にした。  頭を下げているため春日の表情は見えない。  たぶん数十秒。  その沈黙がとてつもなく長く感じたのはたぶん自分だけで・・・・。  耳に微かに響く笑い声に、おそるおそる顔を上げてみた。  眼があうと、春日はゆっくりと微笑んだ。 「よくできました」  思いもよらなかった返事に、眼を見開いた。  これが一世一代の告白の返事か。  そう思わなくもなかったけれど、そんなことはすぐにどうでもよいことに変わった。  無邪気に笑う春日。  珍しいよりなにより・・・・。  こんなふうに笑う春日は、はじめて見た。  青空をバックに微笑む春日はやっぱり、いい。  あまりにも見すぎていたのだろうか。  なにじろじろ見てんですか、と、春日はすぐに眉を寄せて普段の無表情に戻ってしまう。  勿体ない・・・・。 「だいたいよー・・・・」  結局午後の授業はサボることにし、といっても自分が駄々をこねて春日を巻き込んだんだけど・・・・まあ、それはいいとして。  とりあえず祝コイビト記念と銘うって、青空の下、なかよく並んで日向ぼっこの真っ最中。  自分の言葉に春日は視線を上げて首を傾げた。 「え?」 「べつに俺からいわなくたってよかったんじゃね?」 「なにがですか?」 「つきあおうなんて・・・・おまえ、こうなることわかってたんならなんで自分からいわねぇんだよ?」  そうなのだ。  自分は完璧につきあっていると思い込んでいたわけだし。  今回のことがなかったら永遠に勘違いしていた。  片想いならまだしも、両想いだってわかっているのだから、なにも自分からじゃなくて春日の口からその言葉が訊けてもよかったのだ。  春日は一瞬きょとんとした表情をしたあと、ゆっくりと微笑んだ。 「最初にいった人が責任を取るべきでしょう?」  当たり前のように吐き出されたセリフと、再び拝めた貴重な笑顔に、眩暈がした。  春日はよく「振り回されてばかりだ」と、ぼやく。  でも、それは違う。  実際振り回されているのは、自分だ。  なんだかんだいっても、春日には適わない。  やっぱり自分は随分と厄介な相手に惚れてしまったと思う。
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