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「有沢先輩」
「んー?」
コーヒー牛乳をすすりながら、雑誌をぺらぺらと捲っている目の前の男に、春日は至極真面目な表情で問いかけた。
「俺、なんでここにいるんでしょう」
「なんでって?」
「いま授業中ですよね」
「だな」
「俺、サボるなんていってないんですけど」
「そうだな」
・・・・埒が明かない。
本当なら自分はいまごろ教室で好きでも嫌いでもない日本史の授業を受けているはず。
なのに、前の授業の実験室から教室に戻る途中、突然この男に捕まった。
なにがなんだかわからないうちに、この屋上へと連れ込まれた。
こっちが問いかけるより先にコーヒー牛乳を押し付けられた。
そして、いまに至る。
「天気いいだろ?」
突然の問いに、春日は空を見上げる。
たしかに雲ひとつない青空だ。
「そうですね」
微かに吹く風が、優しく頬を撫ぜる。
その感触がくすぐったくて、思わず口元が緩む。
不意に視線を感じ、そちらに眼をやると、ずっと自分を見ていたらしい有沢と眼があった。
有沢は満足気に微笑んで、読んでいた雑誌を閉じ、自らの傍らに置いた。
「もったいないだろ?」
「なにがです?」
「こんな日に教室に引き篭もるなんて、さ」
「はぁ」
呆れて首を傾げると、有沢は声を上げて笑った。
相変わらず、ワケがわからない。
だいたいにしてこの男はいつもそうだ。
知り合ったきっかけなんて、よくある偶然で。
入学したての頃、職員室へいく途中の道で迷って校内をウロウロしているときに助けてもらった。
すごく親切に案内をしてくれて、あのときは本当に天使に見えたものだ。
いま思うと、この図体のでかい男のどこが天使だ、と、自分に突っ込みたくもなるが、あのときは本当にただただ、うれしかったのだ。
それからよく声をかけてもらうようになって、「あの有沢先輩となかよくしてるなんてすごい」と、友人たちに羨ましがられて、ちょっと気分がよかった。
けれど、実際はそんないいものではなく、今日のように半ば強制的に授業をサボらされることもしばしば・・・・。
振り回されている自分も弱いな、と思いつつ、それでも妙に威圧感のあるこの男にはなぜか逆らえない。
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