クリスマスの遺言

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 20歳のクリスマス。10歳の小児がん患者だった僕が大きく育っていたことに、久方ぶりに再会した病院の看護師さんは涙を拭って喜んでくれた。  それもそうだろう。子どものがん患者で大人になれる確率は高くはない。  とりわけ、当時の僕は、友達の女の子が亡くなったことで生きる気力を無くしていて……その様子は大勢の関係者の不安を誘ったことだろうと振り返ってみて思う。  死というものが忍び寄っていた病棟の生活で、僕の心は氷のようになっていた。  そこのところを特別に作業療法に行けるようにしてくれたのは看護師さんの尽力だ。本来ならそれも許されなかっただろう措置を、無理を云って通してくれたのだ。 そこでは沢山の出会いがあり、別れもあった。もしかしたら優しいことだけじゃなかったような気がするけれど、それでもあそこに通えて良かったと心底思う。  その功労者がまだ働いてくれていたことに僕は胸が熱くなった。  あの頃の僕を知っている病院スタッフは、今ではもう数えるぐらいしかいない。そのことが悪いというわけではないけれど、何か物悲しいものを感じてしまい、成人した僕は寂しい笑みを作った。 「こんなに、こんなに大きくなってくれるなんて感動したわ」  我慢しきれなかったらしい看護師さんの涙に、僕は深く頭を下げる。45度の一等に正式な礼だ。 「本当にお世話になりました」  僕の言葉に、看護師さんは柔らかく問いかけた。 「手術した後、体の調子は大丈夫?」 「はい、ちゃんと大学にも通えていますし、再発もしていません」  そっか……。と、看護師さんは懐かしい名前を出す。 「多分、川縁さんが生きていたら、新太くんがこんなに立派な大人になったことをすごく喜んでくれたと思うの」  ……そうだろうか。  嬉しそうなあの人の笑みを思い出し、僕は。 懐かしいその名前に、少しだけ、今更なのに泣きたくなった。
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