クリスマスの遺言

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 川縁さんは、僕が作業療法に通っていたときにやらせてもらった、トンボ玉の師匠的な存在だ。 そのおじいさんはとにかく豪快で、ガサツで、なのに繊細な宝石のようなトンボ玉を幾つも生み出しては、僕にプレゼントして作り方を教えてくれた方だった。 どうやら作業療法に実費で道具や材料は持ち込んでいたらしいのだけど、そのことを咎める人は誰もいず、死ぬまで彼は沢山の作品を生み出し続けた。 この病院の入院患者で、病名を誰にも教えないままに隠し通した彼のことを、恨んでいないといったらウソになる。  悔しかったのだ。 猫が飼い主に己の死を隠してしまうように、彼が周囲にそれを教えないままに旅立って、こんなにたくさんのトンボ玉を僕に託して亡くなってしまったことに気付かなかった。その愚鈍で鈍感な自分の幼さが情けなく悔しかった。  川縁さんの姿を作業療法室で見かけなくなったのは、僕が己の手術を控えたころのことだった。 自分の病状を知らせることで、僕の状態が悪化することを避けたかったのだろう……。  彼はこの頃、末期がんが進行して、強い痛み止めを使っていたせいで一日に二時間の作業療法も通えないようになっていた。……それなのに、いつしか彼の作業療法室に残していった日めくりカレンダーが捲られなくなった理由も僕は気付かないまま、 彼が貸してくれた私物の道具でせっせとトンボ玉の練習をして、いつかこんなに上手にできるようになったと見せびらかしてやるつもりだった。  結局、僕の手術の直前に亡くなった川縁さんには二度と会うことがなく、 それが叶うことはついぞ無かったわけなのだけど……。
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