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亡者達が俺を見ている。寄って来られても逃げられない俺は、このままフロアに引きずり降ろされ、彼らの仲間になるのだろうか。
そんなのは嫌だ。俺はまだ死にたくない。生きていたいんだ。
身動きのできない体で強くそう思った瞬間、こちらを見ていた視線が総てどこかに逸らされた。
エレベーターの扉が閉まり、下へ向かって動き出す。その動きに安堵しへたり込んだ俺は、そのまま意識を失った。
気がついた時、俺は病院の一室に寝かされていた。
様子を窺いに来た看護士に見たこと起きたことを語るが、気のせいですよとかわされた。
程なく現れた医者にも同じことを言ったのだが、何か、聞き馴染みのない病気の兆候があり、幻覚も失神もそのせいだと言われた。
結局その後は、病気の進行具合を診るためと精密検査を受けさせられ、経過観察で様子をみようと診断され、解放された。
総ては、何だかよく判らない病気のせい。そういうことにして片づけられてしまったけれど、俺にはどうしても、あの時見たものが幻覚だとは思えない。
淀んだ空気の薄暗い空間。そこにいた、確実にこの世の者ではない人達。
あのフロアは、入院中に亡くなった人達が集まる、この世ならざる空間だったのだろう。俺はそこに、たまたま迷い込んでしまったのだ。
生きて戻ることができてよかった。彼らが俺を見逃してくれてよかった。
あの空間を思い出すと同時に、俺はそう痛感した。
ちなみに、この件で入院病棟に近づくのが怖くなった俺は、友達の見舞いには一度たりと行くことはなかった。
退院してきた友達に、薄情者と言われたけれど、あの変な病名を出して、こっちはこっちで大変だったと説明し、今は事なきを得ている。
そして今後、誰か総合病院に入院しても、見舞いには行かないとこっそり胸に誓っている。
入院病棟…完
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