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「もう一個食べていい?」
「…」
「…冴島?」
「…えっ?あっ、うん!」
口元についたチョコを親指で拭って岩島君はもう一切れに手を伸ばす。
おかわりしてくれたことが嬉しくて、お皿を持つ腕が震えつつも、しっかりとその腕の行く先を見つめる。
男性らしい大きな手の甲と長い指。
こんな素敵な手に触れられたら、どうなってしまうのだろう…
「…冴島」
「…へっ?」
ハッとして岩島君の顔を見ると私のことをじっと見ていて、思わず私の時が止まる。少しの間を置いて岩島君はふわっとした優しい笑顔を見せた。
「すげー美味かったわ。サンキューな」
その瞬間、呼吸を忘れてしまうほど、嬉しくて、嬉しくて、涙がこみ上げてくる。
「岩島ー。早く行こうぜー」
「おっけー。じゃあ冴島、またな」
私は涙声にならないように小さく「またね」と答えた。
いつものように岩島君達は部活へと戻っていく。
いつものように原島さんと美月ちゃんの黄色い声が聞こえてくる。
私はというとその場に突っ立ったまま、体の中にじわじわっと広がる温かさに包まれていた。
もう秋も終わる。涼しい柔らかな風がカーテンを揺らす。
その風が私の頬を撫でると少しくすぐったいようなそんな気がした。
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