0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはよう。」
心地のいいさえずりが聞こえる。
私の目覚まし時計とは比べるまでもなく幸福な音色。
さらさらと私の頭をなぞる指先はそのままに。
甘いささやきが私を満たす。
ぐっと…重たくなったまぶたをひらいた。
おぼろな意識に薄暗い映像が流れ込んでくる。
辺りを見回すまでもなく、ここは見慣れた私の部屋。
決して小綺麗とは言葉にできないこの部屋。
普段なら、不快な音に目覚めを強制されて芋虫のようにベッドから転がり落ちる私。
鏡をみれば、ぼさぼさの頭に荒れた肌、まつ毛に目頭、目尻へとこびりつく目やにが、より私を芋虫へと近づけていることであろう。
だけど、今は違う。
私はしおらしく彼の腕に抱かれ、さらさらと頭をなぞる、その指先に極上の幸せを感じている。
「おはよう。」
自然と語尾のトーンが上がる。
ただの芋虫がサナギをふっ飛ばして蝶になった瞬間だったと思う。
私は目やにをこすり取ることすら忘れて、彼のその体へと腕をまわした。
これでもかと言うほどに。
ぎゅうっと力を入れて彼にしがみつく。
彼は。
それの背に腕をまわして、また私の頭をなぞってくれた。
優しい彼。
私だけの彼。
ついこの間まで、ただの芋虫だった私が蝶になれた。
私も羽ばたけるんだ。
私も蝶になれるんだ。
そう思うと嬉しくて仕方がなかった。
彼がいれば他はいらない。
彼こそが私に幸せをもたらしてくれる人。
私は幸せな気持ちに包まれたまま、朝の身支度をはじめた。
キッチンからは、じゅうじゅうと心地のよい音が聞こえてくる。
目玉焼きだろうか?
それともウインナーだろうか?
にやにやと、ゆるむ頬は、簡単には引き締まらなかった。
長い長い間、私は眠っていた。
芋虫だった私が蝶になったんだ。
思い返せば、そう。
あれは…なんの代わり映えもしない、私の日常に訪れたんだ。
最初のコメントを投稿しよう!