一章

6/12
前へ
/12ページ
次へ
「いらっしゃいませ」 朝から比べると、幾分かしおらしくなった声で客を出迎える。 今日何人目になるか。 流れ作業のように客を席に案内し水を提供する。 そのままオーダーを取ろうとしたが、客のメニューを開き、注文を吟味する様子に、注文が決まったら声をかけてくれと告げると私は厨房に引っ込んだ。 「…」 声にならないため息を吐き、調理台に手をつき、腰をのけぞらせる。 しばし体を休めると、粗末な椅子に腰掛け、パソコンに向かう。 予期せぬシフト交代で食材の発注を閉店間際に行えるのは良いことなのだか、はやり開店から閉店まで。 半日以上の労働はこたえる…。 いい加減、社員を増やして欲しい。 私一人ではまともに休みも取れない。 ときたま、アルバイトに店を任せて遅出、早上がりをする日もあるが、正直なところ、気が気ではない。 もしなにか問題が起これば、事後処理に追われるのは当然、私一人。 働けど帰れどどちらも地獄だ。 「すいませーん。」 客の声でふと我にかえる。 客が注文を考えている間、私も一人黙考に時間を費やしていたようだ。 パソコンの画面は、何一つ動いていない。 「はーい。」 私は間延びした声で客に返答を返すと、重たくなった腰を上げ、客席に向かった。 「ご注文はお決まりですか?」 疲れた顔を誤魔化すように、私は客から視線をそらし注文内容を問いかけた。 「すみません。」 「カウンター席に移動してもいいですか?」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加