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ああ、なんだか疲れたな。 何もかもがどうでもよくなってきた。 コーヒーカップを持ち上げることさえ、億劫だ。 家に帰ろう。 立ち上がって伝票を摘まみ取り、レジに向かった。 数名並んでいたため、仕方無く後に佇んでいた。 ふと自動ドアが開いて、また客が入ってきた。 カップルだ。 普段ならば、他人の顔は安易に見ないようにしているのに、この時はなぜか、男の方の顔を見た。 その瞬間、僕は伝票を手放してしまった。 ヒラヒラ舞い落ちる伝票を慌てて拾い、改めて男を見つめた。 言いたい事は今すぐにでも、口どころか腹を割いて迸りそうなのに。 脳も身体も固まって、その場に立ち尽くしてしまった。 先に気付いたのは。隣にいた彼女らしき若い女性だった。 僕を不審げに見て、それから、隣の彼の服の裾を引っ張る。 彼はすぐさま顔を上げて、僕を見た。 彼の顔も固まった。 固まったのは束の間で、それからは百面相だった。 まずは驚愕して、次は泣きそうに口元を引き締めて、最後は破顔した。 「藤原ぁぁっっ!!!」 彼は文字通り飛び付いてきた。 僕はよろめきながらも、彼をしかと受け止めた。 「……やあ。まる2年ぶりだね」 「なんだよお前落ち着きやがって!俺は感動にうち震えてんのに!」 「うん、僕もだよ」 「全く見えねーー!」 そう言って、彼は笑う。 彼は思い出したように、バッと女性を振り返った。 「夏蓮!今日のデートキャンセル!また明日なっ!」 「えーー?!なにそれ!」 「悪い悪い。今夜電話するから」 「電源切っとくしー」 女性はふんと鼻を鳴らして、喫茶店の出口に向かう。 それは酷く理不尽だと僕さえ思うのだから、あんまりの仕打ちだ。
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