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慌てて女性を追いかけて、「すみません、僕は退散しますので…」、そう声をかけたのに。
彼女は僕を見上げて、なぜか微笑んだ。
「いいよ、ゆっくり相手してやってね」
「え、で、でも」
どもる僕にもう一度優しく会釈すると、女性は颯爽と喫茶店を出ていった。
彼への態度は、まるで子供が拗ねて地団駄踏む勢いだったのに、その足取りはとても軽かった。
「就職してから2年。その間、一切音沙汰なし。唯一知ってた携帯にかけても、知らない奴が出るし。実家にかけたら、『あの子元気にやってるの?!』って、逆に聞かれたぞ」
お袋さんに連絡してやれよ、と、渋い表情でコーヒーを啜る。
高校からの親友島本は、大学まで同じだった。
アルバイトも一緒で、サークルも一緒だった。
何が特別かなんて分からない。
単にうまがあっただけだ。
自分の中の喜びも悲しみも、常に島本と分かち合い、そしてまた、彼の喜びと悲しみも、僕が半分引き受けた。
人生の様々な決断を、島本に相談してから、下した。
それほどに、僕にとっては分身のような存在だった。
でも、就職は別々の土地だった。
僕は大学で上京したまま、ここに残って今の会社へ。
島本は実家に戻って、そこで就職した。
「へぇ、本社に転勤したんだね。今年?」
「ああ、4月からこっちにいる。それよりお前大丈夫なのか?」
「え、なにが?」
「顔色悪いぞ。それに、随分痩せたな。声にも張りがないし、なんていうか、気力がない」
「……ああ、仕事が忙しくて。連絡とれなかった理由が、それさ。毎日夜中まで残業で、週末は休日出勤の連続。もううんざりだ」
「労働基準法違反だろ。訴えてやれよ。てか、辞めろよ、そんな会社」
「上司がね、いい人なんだ」
「あー、お前の悪い癖。人に入れ込むのもほどほどにしとけよ。全体を見ろ、全体を」
「うん、まあね」
確かに、そうかもしれない。
この残業量は異常だし、休みが1ヶ月以上ないなんて、有り得ない。
でもやはり、石橋さんを裏切るような事は出来ない。
「僕は大丈夫。なんとかやってるから。ところで島本、Facebookとかやってないの?」
「あ?Facebook?やってない。あーいうの苦手でさ。お前やってるのか?」
「島本がやってるかと思って」
「なんだよその理由ー!」
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