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「こんの……酔っぱらいが!」
「んー? 酔ってないってば」
「まっすぐ歩いてから言え、その台詞」
亮介は美夜を支えながら、アパートの階段を上る。
繁華街に近い美夜のアパートは、酒を飲んだ後の麻雀仲間の溜まり場だ。
「みゃー、鍵は?」
「んー? はい」
素直に差し出された鍵で、亮介は勝手知ったるドアを開けた。
仕事で手痛い失敗をした亮介を、『ヤケ酒しよう』と誘ったのは美夜のほうだ。
「まったく、どっちのヤケ酒だよ」
「だって亮介、絶対悪くないじゃん! アッチじゃん、連絡ミスったの!」
「ハイハイ、もう何回も聞いたって、それ」
美夜がベッドに倒れ込むのを見届け、亮介は踵を返す。
「じゃ俺、帰るぞ」
「……ダメ!! まだ飲むの!!」
美夜は叫ぶように言って、むくりと起き上がり、ふらふらとキッチンに向かう。
覚束ない手つきで氷を取り出す美夜の背中を、亮介は複雑な気持ちで眺めた。
何か、あったんだろうな。
まあ、尋ねて素直に話す奴じゃないが。
「……タクシー来るまで、だぞ?」
亮介は、フローリングのローテーブルのそばに腰をおろした。
「うん! ……朱里さん、元気?」
「何だよ急に」
「いや、樹里ちゃん生まれてからその後、どうかな~って……」
「カミさんも樹里も、これ以上ないくらい元気だな。
樹里の夜泣きってスゲーの、むしろ俺のほうが睡眠不足で倒れそ。
今日は母娘で里帰り中だから、久々熟睡できる」
美夜の視線が揺らいだように見えた。
「……朱里さんいないんだ、今日」
ロックウィスキーのグラスを手に、美夜が亮介の隣に座り込む。
「えへへ」
「えへへ、じゃねえよ。お前飲み過ぎ」
「いいの今日は!」
美夜からグラスを受け取り、氷を揺らしながら口に運んだところで、亮介の携帯が震えた。
ゴクリと一口飲み込んで、亮介は画面を確認する。
「ああ、タクシー来たわ、じゃあな」
残りを一気に喉に流し込んで、カタン、と空のグラスをテーブルに置いた亮介に。
「帰ら、ない、で」
美夜が、声を絞り出した。
グラスを両手で握りしめ、俯いたまま。
「帰らない、で……今日だけでいい、から」
美夜が、こつん、と額を亮介の肩に預けた。
震えが伝わってくる。
「……みゃー、明日絶対記憶ねえだろ、お前」
「明日はなくても、今は、ある」
顔を上げた美夜の目に滲む、涙。
亮介は思わず、美夜の身体を引き寄せていた。
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