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でもあなたは怒っているんでしょう?
私は問いかける。
いいえ、怒っていないよ。
水の精霊はあっけらかんと返答する。
嘘をつかないでください
私は苛立ちを覚えた。
しかし求めている答えを得たところで。
怒ってると思ってるのは君だけだよ
そんなはずはない。
精霊はやけに私を見据える。
そして、嘘をついているのも君だけだよ
水の精霊はニタニタと笑うのだ。
既視感。気持ちが悪い。
どうして綺麗だと思ってたものはこうも汚くなってしまった。
絶望に頭を殴られたようだ。鈍痛がじわじわと広がる。
悲しみが泉からごぽりと溢れてきた気がした。
この泉があの色に染まってしまうのか。
いやだ。いやだよ。
私は顔を覆う。
そんなに悲観しなくてもいいじゃないか。
水の精霊は両手を広げる。
新しい世界が見えるんだよ?素晴らしいことじゃないか。
泉の精霊は私をあやす。
滑稽なのはどちらだ。
ただ、私は惨めだ。
こんなにも欲しいと思ってしまうのが罰なのか。
私は泉の水を手に掬い、口に含み、喉の奥へ押し込む。
冷たいものだ。私には体温があったのだ。
その瞬間から泉はずさんに濁る。
濁ってる。誰かに似ている。
あの沼に冷酷なほどよく似ていた。
腐った匂いが鼻孔に突きぬけ、ただ不快だ。
もう透明ではない。そこに引きずり込まれるならば。
思い出したくもない。
思い出してはいけない。
それこそが私の恐怖するものだ。
ああ、明確になったものだな。
濁った精霊は言う。
これこそが世界の仕組みなんだと。
否定したいのにそれすら無駄で。
何故なら私はそれを飲み込んだのだ。
嗚呼、もう、引き返せない。
精霊は謳う。
そうだよ、引き返せないんだ。
水の精霊だったそれは、私の腕をつかんだ。
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