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何が起こったのかはわからない。
私はまだ私を形容している。
私の体には傷ひとつないはずだ。
ただ、私は走っていた。見知らぬ大地を。
目的地は、あの泉。そこに逃げるように。
草の匂い。あの果実とはかけ離れた不快な匂い。
風に揺れてざわりざわりと不穏を引き立てる。
かきわけて、走って。何も見ないで。見えないで。
暗い。光はどこだ。
ネズミの笑みから逃れようと。
さくらんぼの誘惑から逃げようと。
ただこの罪悪感から解放されるなら。
さもなくば鎖に縛られてしまう。
どうして、やってしまったのだ。
その過ちは、責めるなら脆弱な私。
そこまで私は弱いのかと失望すら覚える。
どうしたものか、さくらんぼの甘さが私を逃がさない。
美味すぎた。私が手を出してはいけないほどに。
溶けた。脳が。肉体が。赤に混ざる。
存在するのかわからない心とやらも、きっとその甘味に溶けだしてしまった。
溶ける溶ける。混ざる混ざる。どろどろどろどろ
沈む心地良さは。人間が知ってはいけないはずなのに。
それすらも人間に備わっているなら、私は人類をやめたかった。
そのまま死ねたなら幸福だったのかもしれない。
知らないことの幸福というのは計り知れないものだ。
さもながら今私は走っている。
苦しい。これは揺るがぬ証拠であり。
目から雫を零すしか表現できないおぞましさよ。
顔をあげれば泉が一面に広がっていた。
水は不気味なほど澄んでいた。
足を止めた途端、生ぬるい空気が私の肺に入り込んできた。
あまりにも気持ち悪くてその場に崩れる。
目の中に泉に映った私の目が映る。
水の精霊に睨まれたのだ。
初めて会ったはずだろう?そうでないなら悲鳴をあげてしまいそうだ。
美しく歪んでいる女神のような精霊。
威圧もなく、対等であろうと。そのように見えた。
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