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―1―
「わん」
それが、少女の放った第一声だった。
湾、椀、腕、one。さまざまな「わん」が頭の中を駆け巡る。だが恐らくこの場合は、犬の鳴き声としての「わん」で間違いないだろう。なぜなら、少女は今みすぼらしいダンボール箱に入れられ、とあるアパートの前に捨てられていたからである。
「わん」
少女は、再びそう口にした。そう口にしながら、目の前に立っている少年を見上げている。その光景の異様さに唖然としていた少年は、どういう反応をしたらいいのか分からずに、口を開いたまま立ち尽くしていた。
犬が捨てられているというのなら、まだ理解できる。今ではあまり見かけることなどないが、確かにダンボール箱に入れられて子犬が捨てられるというのは、ありえないことではない悲しい事実である。だがしかし、この場合はどうだろうか。
見たところ少年と似たような年代の、高校生くらいの少女が、ダンボール箱の中で体育座りをしながら捨てられている。十月も終わりに近づいてきた寒空の下で、シャツの上にジャケット、そしてホットパンツという季節はずれの服装をした少女は、何かを懇願するような目で少年を見上げているのだ。
どちらかというと、犬というよりは猫の毛のような白く柔らかそうな髪が、肩くらいの長さまで伸びていた。そして、少年に向けられている瞳の色は、深い海を思わせるような瑠璃色をしている。少なくとも、その容姿は日本人のものに見えなかった。
そして、彼女の右目にかけられている黒い革の眼帯が、妙に物珍しく、印象的だった。
「はっ、まさか!」
少年が一人呆然としていると、少女が突然大きな声を上げた。あまりに突然「わん」以外の言葉を発したものだから、少年は驚きのあまり飛び退きそうになる。
「まさか……『そっち』だったか……」
愕然とした表情で、少女は呟く。そして、彼女はこう続けた。
「にゃん」
「…………」
何も見なかったことにしよう。そう結論付けた少年は、踵を返した。
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