偽名

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偽名

 友達のつき合いでお見合いパーティーに参加した。  彼女が欲しくない訳ではないが、結婚願望はまるでない。だから、ここで出会った相手と進展することなどないと思い、話しかけてくる相手には適当な偽名を名乗った。  場の雰囲気を壊す訳にもいかないので、当たり障りのない対応を心がけたが、女の子にはこちらの本気度がそれとなく伝わるらしく、やがて俺に話しかけてくる子はいなくなった。  それはそれで淋しい気もしたが、何しろここはお見合いパーティーの会場だ。男も女も未来の結婚相手を探しに来ている以上、こちらにその気もないのに期待を膨らませるような真似は失礼だ。  だから声をかけられなくなった状態に安堵していたのに、一人、しつこいと言ったら失礼だが、諦めの悪い女の子がいた。  やけに好意的で、熱心に話しかけて来てくれる。…見た目は結構好みだし、少し押しが強いけれど、性格的にも悪い子ではなさそうだ。話の内容もウマが合う部分が多くて、自然と会話が盛り上がる。  多分、周囲から見たら彼女と俺はいい雰囲気なのだろう。  ても俺には結婚願望はないし、そもそも、名乗った名前すら偽りだ。  それなりに楽しくはあるが、あくまでここだけの会話相手。そのつもりだったから、パーティーの終了間際にアドレスなどを交換してほしいと言われた時も、俺は偽名を貫き通し、彼女にはデタラメなメールアドレスだけを教えた。  それで彼女との縁は切れた。そのつもりだった。  以降、俺の身辺は静かだった。  彼女には名前もアドレスもデタラメしか教えていない。だから連絡など入らないし、たとえ教えたことがインチキだとバレても、そんなことをする男にわざわざ連絡を取ろうとしてくる女の子はいないだろう。  あの子自体に不満はなかったけれど、お見合いパーティーにはつき合いで参加しただけ。まだ二十代だから結婚なんて考えたこともないし、前提の交際もしたくない。  だからこれでいいと思っていたんだが、ある日、一緒にパーティーに参加した友達から思いもよらないメールが届いた。 『結婚決まったんだな。おめでとう。残念ながら、俺はいい人と巡り会えなかったけれど、お前だけでもいい結果になってよかったよ。パーティーに誘ったかいがあったってモンだ』
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