須賀→椎名

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「須賀さん! ちぁーっす!」 声だけでわかった。いや、ほんとうは、声をかけられるまえから、おれのほうが先に、近くにいることには気づいていた。渡り廊下をこっちへ歩いてくる椎名を見つけていた。やっと気づいたか、という感じだ。 「椎名。おはよう」 それでも可愛くてしょうがないので、おれは駆け寄ってくる椎名に笑みを返す。椎名、先行くぞー、と後ろから叫ぶクラスメイトらしき数名に、おー、とだけ椎名が答える。晴れた空の下、校舎にその声が響いたのに気づいたらしい椎名は首をすくめる。 「さっきあっちで岡島さんにも会ったんすよ。うるせーって怒られました」 言いながらも嬉しそうにする椎名は、無邪気そのものだ。悪く言えばお調子者、良く言えばムードメーカー。表情がくるくる変わる。 「元気なのは椎名のいいところだよ。」 でも元気すぎてまたネクタイが曲がってる。言って手を伸ばし、直してやる。紺色のネクタイ。春から何度直したか知れない、いつまで経っても結ぶのが下手だ。椎名はおれより背が低いので、おれには、直されるネクタイを見つめている椎名の頭のてっぺんがよく見える。その頭のてっぺんにキスしてはねた髪を撫でてやりたい、とおもう。 一方で、人懐っこい後輩と、面倒見のいい先輩、傍から見ればすごく美しい光景だろうとも考える。 「じゃ、おれも移動だから、また部活でな。」 はい、じゃあまた、と、満面の笑みで頷いた椎名が、スリッパをぺたぺた鳴らして走り去る。おれはその姿を見送らないようにして教室へ向かう。
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