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そう。あの日ロケが押してて、スタッフさんとかみんな焦ってて、俺はその後の段取りで頭が一杯で、そんな会話、したこと自体すっかり忘れていた。
「じゃあ、あの洞窟で……」
「やっと思い出した?」
「でも待って?」
「ダメー。残念、もう待てませーん。いただきまーす……」
「ちょっと待っ、…あっ」
Tシャツの襟首を軽く引っ張って、そこにガブリと噛みついた。
有無を言わさず、俺の首筋にズブズブと食い込んでいく牙。
その途端、痺れて硬直する体。
「……っ、はぁっ…」
大事な事、聞こうと思ったのに。
声が出ないよ、息ができない。
「…く…っ…」
チュルルル……
ゴクン……ゴクン…
凄い勢いでどんどん吸われていく。
ヤバい、力が入らない。意識が遠くなる……
最後に聞きたかったんだ。
あの日の、あの洞窟の話を知ってるって事は“お前は一体誰なの?”って。
「桂ちゃんの血、美味し……」
飛びそうな意識の中、やっとの思いで背中に腕を回して、音弥を抱きしめながら思ったんだ。
真実がどうであれ、目の前で苦しんでる音弥を見捨てるなんてどっちみちできないし、音弥とずっとこうやって一緒にいられるなら……
お互いに求めあって、ずっと寄り添っていられるなら、それでいいやって。
「ご馳走さま。おやすみ、桂ちゃん」
深い闇に突き落とされるような感覚に襲われ、抗えない眠りに就く手前でぼんやりと見た。
俺の血を最後の一滴まで飲み干して、舌舐めずりしながら満足そうに笑ったのは
恐ろしいくらいに美しい、銀色の瞳のドラキュラだった。
『Monster』…Fin
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