6人が本棚に入れています
本棚に追加
朝、目が覚めるとベッドの上だった。
俺の隣で仰向けに眠っている音弥(おとや)は胸の上で手を組んでいて、血の気のない顔は妙に穏やかだった。
「オト?」
名前を呼び、薄く形のいい唇にそっと触れる。
冷たい、ピクリともしない。
もしかして、と急に不安になって、口元に耳を寄せて呼吸を確かめる。
よかった、ちゃんと息してる……
「あ、そうだ、俺」
深夜の出来事を思い出してベッドから起き上がり、洗面所に慌てて走る。
「あ、れ……治ってる」
昨日確かにあったはずの牙がない、目も元通り黒い。
鏡に映った自分は、寝不足と疲労で酷い顔はしていたが、手で触って何度確かめてもやはり元に戻っていた。
俺は「はぁ…」と大きく息を吐いて、安心してその場にしゃがみこんだ。
よかった、戻って。仕事にも行ける。
だけど、感覚は残ってる。
微かに震える音弥の唇。滑らかな肌に牙を突き刺し、それが肉に食い込んでいく感覚。
それから、血の匂いも。
「桂ちゃん?」
「っ…くりしたー…」
突然声を掛けられてドキッとして振り向くと、ぐっすり眠っていたはずの音弥が脱衣所の入口に凭れて立っていた。
「大丈夫? オト」
「何が?」
「いや、体……大丈夫かなって…」
「体? 大丈夫ですよ俺は。あなたこそ大丈夫? 随分顔色が悪いけど」
「う、うん、俺は…」
顔色が悪いと言われて振り返ってもう一度鏡を見た。
その背後、鏡越しに見る音弥は気怠そうに後頭部を掻いていて、特に違和感はない。
だけど不思議だ。近付いて来る気配を全く感じなかった。
「てかさ、なんで俺ここにいんのかな?」
「…え?」
「俺昨日桂ちゃんち来たっけか? どうも記憶がないんだよなぁ」
「覚えてないの?」
「だから何を? 全然覚えてないんですよ。なに、俺酔っぱらってた?」
羽織っていた俺のパーカーをパッと脱いだ音弥は、シャワーでも浴びるつもりなのかどんどん服を脱いで、バスルームのドアを開けて「あ、そうだ」と振り向いた。
「ど、どうしたの?」
「いや……桂ちゃんも一緒にシャワー浴びる?」
「う、うん」
いつもと変わらない音弥の様子に戸惑った。
本当に覚えてないの?忘れたふりしてる?
それならそれでいいのかな?いや良くないよね?
でも…いいのかも、それならそれで。
最初のコメントを投稿しよう!