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夜の八時。
部屋で何をするわけでもなく、ぼーっとしていると、普段電話が鳴らない時間帯に、電話が鳴った。
今日は周ちゃんは地域の役員会がどうのって、飲みに行くようなことを話してた。
じゃあ誰だろう?
着信画面を見ると、「直」と大きな一文字が目に入った。
「もしもし」
「出た。久しぶり、元気だった?」
周ちゃんと出会うよりも、もっと前から店に通ってくれていた直。
私に恋愛感情を持つこともなく、純粋に会話だけを楽しみにしていた、割と珍しいタイプのお客さんだ。
「うん、まぁまぁ」
辞めてからだいぶ経つと言うのに、時間を感じさせない、いつも通りのトーンに、私は少し安心した。
「電話、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「今週の金曜日、ご飯でもどうかなと思って」
「うん、良いよ」
「駅待ち合わせでもいい?」
そっか。
直は車がないから迎えには来れないんだ。
「うん。直は何で来るの?」
「俺はチャリ」
「ねぇ、帰り、タクシー代くれる?」
「ん? 良いよ。タバコは?」
その言葉に、かつて、これから店に行くと言った直に「タバコ買ってきて」とおねだりをしていたことを思い出した。
「タバコも欲しい」
「うん。じゃあ、六時半待ち合わせで良い?」
「うん、ありがと」
直は楽だから良い。
ちょっとした可愛いおねだりなら聞いてくれるし、あーだこーだ文句も言わない。
年齢差も十個あるから甘えやすい。
だけどコレって、普通の事なのだろうか。
水商売を始めてから、忘れてしまった感覚。
自分のタバコくらい、自分で買うのが当たり前なんじゃないだろうか。
タクシー代くらいは、女の子だし、直は十個も上だし、おねだりしても許されるだろうか。
ご飯も奢ってもらう前提でいる。
どこまでが普通で、どこまでが非常識なんだろう。
いや・・・・・・くれるって言ってるんだから、それでいいか。
私がここで、直に気遣う意味もない。
良い子ぶる理由も見当たらない。
誰かに好かれたいわけでも、誰かを好きなわけでもない私は、ただ自分が損をしないように生きていけば良いのだろうから。
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