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私がまだ小さかった頃、三つ下の弟が、絵を描くのが好きだったお母さんのクレヨンを折った。
きっと私は六歳位、弟が三歳くらいだっただろうか。
そのクレヨンは百色近く色があって、一本も二十センチ位ととても長くて、ケースを広げると、四人がけのダイニングテーブルいっぱいになるものだった。
「お母さんの大切なクレヨンなのに、いけないんだ」
幼い弟に、そんな意地悪な事を言った私。
泣けばいいと思った。
お母さんに叱られればいいと思った。
案の定泣いた弟に「大丈夫だよ」と言ったお母さんは、少し不機嫌そうで、私はざまあみろと思った反面、なんだかんだ可愛い弟が可哀想になった。
だけど今思えば、あの時お母さんが不機嫌そうだったのは、弟がクレヨンを折ったからではなくて、私が意地悪を言ったからだろう。
いつも甘えん坊で、わがままばかり言う弟。
いつもお母さんの膝の上を独占する弟。
怒られるのはいつも私。
お父さんの愚痴を聞かされるのもいつも私。
近所でも有名な位、怖いと言われていたお母さん。
大人になってから思うのは、素直に甘えられなかったのは私なだけで、弟は甘え方が上手だっただけでーー
お母さんは私も弟も同じように可愛くて、だけど私がお姉ちゃんだから、厳しくしてしまっていただけでーー
ただどうしても、子供だった私には、「お母さんに認められたい」とそんな気持ちが宿ってしまった。
それはいつからか屈折して、私がどうして存在しているのか、そこに本当に価値があるのか、何をもって愛情だと受け取るべきなのか、基準が分からなくなってしまったんだ。
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