雨があがったあとで

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「・・・・ズラだって噂だよ」  その瞬間に、容赦ない平手で背中を力いっぱい叩かれた。  それでもなぜか込み上げてくるものを抑えることができなくて、 腹を抱えて笑った。  そんな自分を見て、蛍も吹き出して笑った。 「・・・・あ」  小さな声を上げて、蛍の顔が苦虫を潰したように歪む。  蛍の視線を辿って、 その表情を意味を理解して、微笑んだ。 「なにしてんだよ、智紘」  相変わらずというか、つまらなそうな顔の真人が、 こちらに向かって歩いてくる。 「あーあ、邪魔者がきちゃった」  そういいながら、蛍は立ち上がって、ランチボックスを手にとる。 「もういくの?」 「ええ、また一緒にランチしましょ」  それだけいうと、蛍は足早にその場を去っていく。  途中、一度だけ振り返り、やさしく微笑んで手を振って見せた。  本当、蛍には敵わない。  蛍の後姿を見送りながら、小さく苦笑を洩らした。 「なんなんだ、あの女・・・・」  同じように蛍の背中を見ていた真人が、怪訝な顔で首を傾げている。  その表情が可笑しくて、小さく吹き出すと、 やっぱり真人は意味がわからないというように首を傾げながら、 いままで蛍がいた空間に腰を下ろした。 「悟と祐一郎が騒いでたぞ」 「え?」 「智紘とあの女はやっぱりデキてるって」 「へえ・・・・」  真人が切れ長の眼を細めて笑った。  変わらない瞳の色が、うれしかった。  不意に手から飲みかけのミルクティーが奪われる。  それを口に含んだ真人の顔が、一瞬で歪んだ。 「前から思ってたけど、 よくこんなもの飲めるな・・・・」  口いっぱいに広がる甘さが気に入らないのか、 真人は顔を顰めてぶつぶつと文句をいっている。  そんな心地よい空間に、そっと瞼を閉じた。  やわらかい風が身体全体を包み込み、 やさしく髪を撫でる。  いま、自分が感じているのは、 冷たい無数の雨の雫ではなくて、 やさしく降り注ぐ光。  ゆっくりと眼を開けて、その壮大に広がる空を仰いだ。  透き通るまでの、青。  その鮮やかさに、眼も、心も、奪われる。  雲ひとつない青空は、果てしなくどこまでも続いていた。
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