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「悪いな。お前と栗田さんが付き合ってること、聞き出しちまったんだ」
「おいおい、言っちゃだめだろ」
ばつが悪そうに磯貝は部下を睨む。彼女は「ごめんなさい」と首をすくめた。
「まあまあ、痴話げんかは家に帰ってからにしてくれ。それよりも本題に戻らないか」
「なんだ。極上の美味の正体、言う気になったのか?」
「そうじゃない。やっぱりここで明かすわけにはいかない。だからその目で見て、その舌で味を確かめるってのはどうだ?」
小鳥遊の提案に磯貝は思案顔を作った。
「しかし確かめるといってもさ、すでにどこかで紹介されたものかもしれないだろ?いくら美味くたって、新鮮味がなけりゃ使えないんだぞ」
「それならまず心配ない。俺がそれを食べたのは海外。それもあまり人が足を踏み込まないようなところだ」
「海外?」と磯貝の声が裏返った。
「お前、どんなものともわからないものを海外まで確かめに行けって言うのか?」
「だって30周年の企画だろ?それくらい金をかけてもいいだろう」
その発言で彼の脳裏にプロディーサーの言葉が甦った。金に糸目をつけないといっていたのだから、取材と称して確かめに行くのも可能かもしれない。例え正体のわからないものでも。
「ちなみに、海外ってどこだ?」
磯貝の問いかけに、小鳥遊は含みのある間を置いてから、おもむろに口を開いた。
「インドとネパールの間」
「それって、まさか……」
「そう。ヒマラヤさ」
二ヵ月後。
サイドブレーキを引いてエンジンを切った小鳥遊は、前方を見据えたまま口を開いた。
「車はここまでだ。この先は歩くぞ」
彼の言葉に小杉は左手に握っていたハンディカメラのレンズをフロントガラスの外に向ける。
「へぇ。ヒマラヤって言うからすごい雪山みたいなのを想像してたけど、意外に普通の山道って感じですね」
「山頂のほうに行けば万年雪もあるが、ここはまだ麓だからな」
助手席のドアを開けた磯貝は、そう言ってから車を降りた。
「そう。俺たちが行くのはそんな上じゃない。日帰りで済む場所だ。でなきゃ君たち素人を連れてきたりはしないさ」
ミラー越しに後部シートを見てから、小鳥遊も運転席から降りた。
彼の姿を認めた磯貝は、そこに広がる景色に目を細めながら、
「まさか俺が今頃ここに来ることになるとはな……」
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