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心変わりの可能性はゼロか……私は席から腰を上げると、静かに篤志を見下ろした。
もう見ることのない、涼やかな目元。大好きだった華奢で綺麗な指……。
「それじゃ、専務のお嬢さんとお幸せに」
「水くらいかけたらどうだ?」
篤志はそういって、テーブルのコップを静かに見つめた。
利己主義者が珍しいことを……でもその手には乗らない。
「悪いけど、そこまでヘコんでないから」
精一杯の強がり……それはアラサー女の最後のプライドだった。
「それじゃ」
「いや、ここは俺が――」
私がコーヒー代をテーブルに置いてその場をあとにしようとすると、篤志はすかさず口を開いた。
「あんたに奢られる謂れはもうないわ」
「そっか……まあ、そうだな」
暫しの沈黙のあと、彼は苦笑いを浮かべて頷いた。
そして私は飲んでもいないコーヒー代を残し、涙一つ流さずにもう二度と来ることのないカフェをあとにした。
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