第1章

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 さとくんの絵を、男の子が横から掻っさらった。 「か、返して……」 「やーい。みんな見ろよ。これがさとるの好きな子なんだってー」  それを聞いた女の子達は、その絵が自分の顔だと主張し始めた。 「さとるくんが好きなのは、私なんだよー。だからそれは私の顔ー」 「違うよー。私のが、先にさとるくんに告白したもん。私の顔だもん」  これをきっかけにして、部屋中の園児が入り乱れ、大騒ぎになってしまっている。  その中で、さとくんは何も言えなくなってしまい、俯いたまま泣くのを必死で堪えていた。 「さとるー、はっきりしろよー。誰が好きなんだよー。おまえのせいだぞー」  絵を奪った男の子が、それを頭上に高く掲げて大声で叫んだ。 「誰だか言えよー。言わないと、これ破いちゃうぞ」  男の子はそう言いながら、絵の両端を持って引っ張り始めた。 「……っあ、や、やめて……!」  さとくんが涙混じりの、掠れた声を上げる。 「言わないから、破いちゃおー」  そう言って、男の子が手に力を込めた時だった。 「パシッ」  男の子は、一瞬自分に何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間、 「う……うえ……うえええ、うえええええん……うえええええん!!」  火がついたように泣き始めた。  見ると、男の子の左の頬が少し赤くなっていて、目の前に一人の女の子がいる。  その女の子は、泣き始めた男の子の手から絵を強引に奪い取ると、 「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」大声で言うと同時に、さとくんのいる場所まで進み、 「これ、お母さんの絵なんだよね? はい」と、優しく返してあげた。 「あ、ありがとう」  さとくんは、涙目になりながらも、嬉しそうに笑顔でお礼を言った。 「べ、別にいいよ。だって悪いのは絵を取った方だもん……」  彼の綺麗な笑顔を見た女の子は、ちょっとドギマギしながら答えた。 「私は”あやめ”っていうの。友達は”めーちゃん”って呼ぶんだ。あの……さとるくんのこと、今日から”さとくん”って呼んでもいい?」  なんだか分からないが、とにかく仲良くなりたくて、女の子はそんなことを言った。 「うん。よろしくね。”めーちゃん”」  さとくんは素直に頷いて、女の子のあだ名を呼んだ。  そう。その女の子とは、私のことなのだ。  その日以来、男の子達からは『ゴリラ女』とか『暴力ババア』なんていうあだ名を付けられたけど、
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