その災厄に、名前は無かった

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 遠い遠い未来のこと、聖夜の鐘が木霊する夜に、一人の男が包囲されていました。  粉雪の舞い散る中、風の吹き荒ぶ鉄塔の上、男に逃げ場はありません。男はそれでも鉄塔から下の包囲陣を覗き込み、何とかして逃げられないかと思案しているようでした。男のいる鉄塔の頂上には、階級の高そうな二人の警官と、そして。 「ねぇ、あなた。早くおうちに帰りましょう。ここは寒いわ。おうちには今夜、あなたの為に拵えたたくさんのご馳走が用意してあるの。私、あなたと一緒に食べるのを、とっても楽しみにしていたの」  そう言って男に寄り添う美しい女性がいました。 「諦めろ。貴様がそのご馳走を食べることは無い。なぜなら、我々が貴様を連行するからだ」  芝居がかった物言いでしたが、その警官には自然でした。なぜなら、誰もが俳優だと思ってしまうほどに、その警官の容姿は優れていたからです。 「な、なぜだ? なぜ、彼女を連れてゆく? 私たちは、何も悪いことなどしていない。ただ……ただ、二人で慎ましく、静かに暮らしていただけだ」  鉄塔の柵に頼りなげに背を預けた男が、涙で頬を濡らしたままに問いかけます。粉雪が、男の前髪を白く染め上げていました。
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