その災厄に、名前は無かった

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「なぜか、だと? ロボット技師である貴方からされる質問とも思えんが」    もう一人の、逞しい体躯を持つ警官が言いました。男に寄り添う女性が、その低い声に慄(おのの)きました。  その様子を見た美しい警官が、逞しい警官へと手を上げました。怖がらせることに益は無いと判断し、発言を制したのです。 「分かっているはずだ。貴方はもう、相当危険なところにまで来てしまっている。それが原因で、人類が滅亡の淵に立たされた過去を知らぬわけがあるまい。それは使うことも作り出すことも禁忌とされた、人類最大の”災厄”そのものだ」  美しい警官は、優しい声音ながらも厳しい言葉を選んで言いました。そして、震える男へと手を差し伸べました。 「今なら、厳重な監視が課せられはするだろうが、最悪投獄だけは免れる。さぁ、我々に渡すんだ。その”ロボット”を」  男に寄り添う女性は、ロボットでした。有機物で細胞をDNAレベルから”組み立て”て製造された、有機アンドロイドだったのです。その有機アンドロイドは、ロボット技師である男の理想そのものでした。その男に絶対的に服従し、常にその男の喜ぶことを自律思考して行動するアンドロイドとの生活は、全てにおいて満たされたものでした。  太古の昔に大量生産されたこのタイプは、人類に恋愛や結婚、育児に対する欲求を著しく減退させました。長い長い時間をかけ、人類の生活に幸せな侵食をもたらしたのです。  その恐ろしさに気づいた人々と、それでもこのアンドロイドたちと生活を共にしたい人々の間に世界的な戦争をも引き起こした結果、壊滅的な人口減少を招いた災厄「なまえのないかいぶつ」だったのです。 「ち、違う! 彼女は、ロボットなどではない! 彼女は、人間だ! 我々と同じ人間だ!」  男は口角泡を飛ばして言いました。鋼鉄の柵を叩きつけた拳からは、血が飛び散りました。  男は、思い出していました。仕事に疲れて帰る自分を、暖かな食事の用意をして待ってくれていた彼女を。一緒に買い物に出かけた時の彼女を。誕生日には、部屋を飾り立ててお祝いしてくれた彼女を。そして、毎晩自分の隣で安らかな寝顔を見せてくれる彼女を。
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